「”伝統芸”を継承する、若返りヒーローの誕生」アメリカン・アサシン Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
”伝統芸”を継承する、若返りヒーローの誕生
主人公"ミッチ・ラップ"。これまでのスパイ映画のアンチテーゼとなる新たなスパイヒーローの誕生である。現在、スパイアクションとして機能しているシリーズの主人公たちは、世代交代の波にさらされている。
ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ=「007」)50歳、イーサン・ハント(トム・クルーズ=「ミッション・インポッシブル」)55歳。ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)でさえ、47歳である。演じる俳優が皆ベテランすぎて、半ば"賞味期限切れ"だ。 「キングスマン」のガラハッド(コリン・ファース)も57歳だが、エグジー(タロン・エガートン)28歳への引き継ぎをテーマにしている。
対して、本作の主人公"ミッチ・ラップ"役のディラン・オブライエンは、ピチピチの26歳! ちょっと尻すぼみだった「メイズ・ランナー」シリーズもようやく終わり、新たなシリーズには適役である。
CIAやMI6の政府諜報職員、元CIAを主人公にした作品は他にもある。しかしいずれも"米露(ソ)冷戦"を背景にした前時代的なネタが原点であり、多くのスパイ映画は"伝統芸能"の域に入りつつある。
もちろん近年は、仮想敵をテロリズムやスパイ組織の内部分裂に変更したりもしてアレンジを加えている。また「キングスマン」では、"伝統芸"そのものを茶化すことで新味を出しているわけだが、本家のスパイアクションの若返りはやはり待望である。
スパイ映画の主人公は、政府に従属する公僕でなければならない。しかし本作のミッチ・ラップは私怨(婚約者を奪われた)を動機として、個人的にテロリズムと戦うことを決意する。そこでCIAにスカウトされ、教官役のハーリー(マイケル・キートン)と出遭うことになる。このポジションが異色である。作品内で、"スパイ映画の世代交代宣言"をしつつ、"何のためにテロリズムと戦うのか"という大義における"インディビジュアリズム"をのぞかせている。
今後シリーズとして展開していくとしたら、ミッチ・ラップはCIAを卒業する可能性すら残しているわけだ。
そしてスパイ映画の[お決まり]として、"テロリストの最終兵器ボタンを阻止する"というクライマックスがくるわけだが、なんと本作は阻止できない。プルトニウム核兵器は爆発してしまうのだ。斬新すぎて笑ってしまう。
ヴィンス・フリン(Vince Flynn)による原作小説は13作もあり、映画化にあたっては第11作目の「American Assassin」(2010)が選ばれた。これはミッチ・ラップの前日譚にあたる"ビギンズ"だからである。
残念ながらヴィンス・フリンは47歳の若さで逝去しているが、14作目からは同世代のカイル・ミルズ(Kyle Mills)がシリーズを引き継いで、すでに3作を発表している。もちろん映画の続編に期待をしたいし、もう一皮むけて定番スパイ映画になる可能性も秘めていると思う。
(2018/6/30/TOHOシネマズ日比谷/シネスコ/字幕:松崎広幸)