劇場公開日 2018年11月16日

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「総ては藪の中、霧は晴れないけれど、コウモリが帰って希望が見え始める」鈴木家の嘘 Ryuu topiann(リュウとぴあん)さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5総ては藪の中、霧は晴れないけれど、コウモリが帰って希望が見え始める

2018年11月21日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

難しい

映画が終了し、明かりが点灯した時、場内はシーンと静まり返り、声を出すは一人も無く会場をみな粛々と後にして行った。

確かに、本作の鈴木家の長男が引き籠りの末に自死してしまった遺族の物語を見せ付けられたのだから、明るい表情で興奮して劇場を後にする者はないのは当然だ。
だが、この重苦しく、静かな時間こそが、観客それぞれの人達と映画との静かな語らい、対話の時間で有ったように思う。
観客のみんなが、それぞれの心の中で必死に自分の家族や、引き籠りや、イジメや、自殺、或いは急に家族の誰かと突然死別する事になったなら、自分はどの様に、心の整理をして行くのか?
本作の母親の様に、事件のショックで、記憶を一時的に失ったなら、この家族の様に、みんなも嘘をつくのだろうか?と真剣に、映画に向き合っていたのだと感じられた。

自殺した長男の母を原日出子が体当たりで演じているのは、観ていて辛いがとても好感が持てるものだった。そして母の弟を大森南朋が演じているのだが、本当に姉想いの人の良い弟を魅せてくれていた。
鈴木家の家長で有る筈の掴み処の無い父親を岸部一徳が見事に怪演している点も作品に深みが出ていたし、何故か父がバカな行動をするとほっと安堵出来るので良かったと思う。
そして、一番沢山の嘘を付かなくてはならなかった妹を演じていた木竜麻生がとても巧くて、今後が凄くい楽しみな女優さんだった。

本作の監督脚本を務めた野尻克己さんは、本作が長編のデビュー作と言う事だけれども、脚本が巧く出来ていた。家族と言う運命共同体で有り、近しい間柄で有るからこそ、言える事、言えない事、家族故に嘘を付かなくては成らない秘め事等、家族のそれぞれの立場から見える意識の相違がとても巧く描かれている作品だったと思う。

そしてエンディングの点と線と言うテーマソングもぴったりと鈴木家の嘘の裏に隠されていた切ない本心を良く表していてくれた。
本作は決して楽しい物語ではないけれど充分に味わい尽くせる秀作だったと思う。
総ては藪の中、霧も決して晴れる事も無いけれど、コウモリが戻ってようやく心を紡ぎ出す準備が鈴木家には整うのだった!

ryuu topiann