「罪と。人と。」友罪 みーさんの映画レビュー(感想・評価)
罪と。人と。
自分の手で「人」を殺したひと、
自分のせいで「人」を自殺という死に
おいやってしまったひと、
事故で「人」殺めてしまったひと、
自分の家族が、事故で「人」を殺めてしまったひと、
罪を犯した子どもに寄り添うひと、
犯罪の被害にあうひと、
犯罪を犯した「人」と、夫婦になろうとするひと。
人と罪の関わり合い。
色んな立場でのそれぞれの想いが描かれる。
なんとなく、意図せず、やってしまったことが、
人を傷つけたり、人を殺してしまうのだと、
そう思った。
それは、興味であったり、暇つぶしであったり、
不注意であったり、
心ない一言であったりするのかもしれない。
いじめやSNSの誹謗中傷が頭に浮かんだ。
何の気なしに言ったことが、きっかけとなる。
誰しも人を傷つけてしまったことはあると思う。
誰かを嫌って悪口言ったり、殴ったり、喧嘩したり。
それが大きくなった場合は、
誹謗中傷、暴行、殺人となる。
殺すつもりはなくても、
誰にでも加害者になる可能性はある。
罪は、一生付き纏う。
忘れられない。
逃れることはできない。
自分の子どもが、車の事故によって人を殺めてしまった、その親の話。
被害者側からは何年経とうが許される事はなく、
子供に代わってずっと頭を下げ続ける。
頭を下げることすら否定され、
でも、それでも謝り続ける。
自分の子どもが殺めてしまった人たちは
どうやっても帰ってこない。
だから、申し訳ないと謝罪し続ける。
謝り続けるしかないと思っている。
できることは謝るしかない、と。
そして、誰よりも自分が
罪を犯した自分の子どもの事を許すことができない。
結婚・出産も祝福することができない。
お前たち、俺たちは幸せになってはいけないと、
否定する。
反対に、被害者の人たちの気持ちもよく分かる。
いくら謝られたって、いくら土下座されたって、
死んだひとは戻ってこない。
そんなことされたって、意味ない。
謝られれば謝られるほど、惨めになる。
謝罪の姿すら見たくない。もうこないで欲しい。
犯した罪は謝罪し続けなければならないし、
やったことは、絶対に許されないこと。
でも、罪を犯したひとは絶対に笑ったらいけないのか。幸せになったらいけないのか。
生きていてはいけないのか。
友だちがいたらいけないのか。
赦しては、赦されてはいけないのか。
この映画に、そう問われた気がした。
重い。
救いはない。
答えは出ない。
考えさせられる映画だった。
さいごの瑛太の笑い泣き。
凄かった。