「知的でハートのあるコメディ・ドラマ」ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
知的でハートのあるコメディ・ドラマ
「ハートフル・コメディ」っていうジャンルがあって、それは心温まるような映画というような意味合いで、逆にその当たり障りのない生ぬるさを揶揄するような言葉だったりもする。しかし、本来ハートフル・コメディって、この映画みたいな作品を指すものであるべきなんじゃないか?とふと思った。この作品は、いわゆる「ハートフル・コメディ」と呼ばれる作品とは種を異にしている喜劇だけれど、何しろ「ハートのあるコメディ」だと感じたからだ。登場人物一人一人に「ハート」があって、善も悪も長所も短所もある人々のハートがぶつかりあう可笑しみや面白さであふれていると思った。まさしく「ハートのあるコメディ映画」という意味で「ハートフル・コメディ」ではないか、と。もちろん、全面的に誉め言葉。
パキスタン系の青年と白人のアメリカ人女性が出会い恋をするボーイ・ミーツ・ガールから、人種と文化の相違とパキスタン系の青年の等身大のリアリティ、そして知的なセンテンスが生み出す上質な笑いによって、なんとも可笑しくて楽しくてハートであふれたコメディになった。文化の違いによる「恋愛」や「結婚」の概念の衝突と言えば、なんとなく「マイ・ビッグ・ファット・ウェディング」あたりを思い出すけれども、この「ビッグ・シック」はただ文化の違いだけで笑いを引き出そうということではなくて、ちゃんと登場人物たちの内面を見つめて、そこから生まれるドラマを喜劇に転換しているところがとても知的だなぁと思ったし、それこそが「ハートのあるコメディだなぁ」と思う所以。ヒロインが昏睡状態に陥ってしまったことで家族を巻き込んだ展開になっていく悲しみと可笑しみ。彼女が昏睡状態の数日の間で起きた出来事で気持ちが変わった青年と時間が止まったままの彼女との絶対的なすれ違い。切ないんだけど、やっぱりどこか可笑しい。可笑しいんだけどすごく切ない。二人の出会いを思い出させるラストシーンも含めて、どこを取っても気持ちのいい映画だった。
個人的にはゾーイ・カザンの母親を演じたホリー・ハンターがやっぱり良くって、日常の中に普通に存在する風変わりな人を演じさせると実に巧い女優さんだと思う。そして本当に巧い女優さんだと、例えば終盤で実は夫婦仲が危うい状態でベッドも別々で寝ている二人が、「Would you mind?」と言って同じベッドに入るシーンだとか、すごくさりげなくて、ともすれば見過ごしてしまいそうな瞬間を印象的に演じることが出来る。娘から聞いていた悪印象で最初は主人公を憎んでいたのが、次第に主人公を愛おしく思うようになっていく様子なんかもやっぱりベテランならではの巧さを感じて、しかもどこにも押し付けがなくって気持ちがいい。久しぶりにホリー・ハンターの姿を見たら、なんだかとても懐かしい「ブロードキャスト ニュース」を見たくなって家でDVDを引っ張り出してしまったよ。