「イオリアの民の内面的な幼さ」さよならの朝に約束の花をかざろう Melonさんの映画レビュー(感想・評価)
イオリアの民の内面的な幼さ
作画はとても綺麗です。破綻が無く、動きも丁寧に描かれています。背景も美しいです。
一方で、物語に抱く疑問が積み重なってしまい、あまり感動できませんでした。
マキアはとても優しい心の持ち主です。親も知らず、夫もいたことが無い、そんな中で一生懸命に「母親」になろうと努めていました。
けれども...レイリア救出作戦を知って以降の彼女には、母親としての自覚が欠けていると言わざるを得ません。あそこからエリアルとうまくいかなくなったのも、さもありなんです。思春期に差し掛かったから、ではなく、ちゃんとマキアの犯した罪という理由があるんです。
何故か。
彼女は、幼子を連れた長旅は大変だ、家で預かってもいい、と先輩母の立場から言ってくれる子供想いのミドの助言にも関わらず、自己中心的な判断を下します。安全なミドの農場からまだ幼いエリアルを引き離し、危険が待ち受けている場へと連れて行くことにするのです。その理由は、自分がエリアルと離れたくないから。これです...これが未熟な母親の恐ろしいところ。自分の寂しさを埋める為、自分の為なのに、これを子どもの為だと脳内では変換してしまっているのです。
ここから、私はマキアのことが悍ましく見え始めました。
責任が伴うと分かっていて赤子を育てると決めたはず。幼い子どもがいるのなら、幼なじみの救出作戦には参加できないと事情を何らかの手段で仲間に伝達するか、どうしても参加するのなら、子どもはその間だけミドに託すのが、本当に子どもの為を考えた責任ある母親の行動です。
マキアがエリアルの為ではなく自分の為に判断を下してしまっていた証左は、彼女の口から、終盤に出て来ます。
「貴方を想うと、私になれた。貴方のことを考えることは、私のことを考えることだった」
戦争終結後、エリアルとの別れに際して、マキアはそう言いました。
そう...マキアは確かにエリアルを心を尽くして愛した。守ろうと懸命に努力した。でも、それは、エリアルの本当の成長の為ではなく、自分の為だった......。
最後に、マキアが己の犯した罪を自覚できたのかはわかりません。ミドの農場から引き剥がして生活困窮に陥らせ、各地を転々とし、幼いながらも働かざるを得ない身の上にさせ、苦労をかけてしまった。そのことの問題性に気付けたのかどうか...。
確かにマキアは見かけ上の優しさはふんだんに注いでエリアルを育てたので、エリアルは優しい子に育ちましたが、彼の心の奥底では、沢山の葛藤があったと思います。グレることもなく、伴侶に巡りあい、子宝にも恵まれた。エリアルは、良い子です。よく頑張ったと思います。
仕事が決まらずイライラし始めたマキアは、健気に母親の為に布を織っていい子にして帰りを待っていて、明るく出迎えてママを元気づけようとしてくれる幼いエリアルに、「仕事増やさないで」と冷たく言い、「どうして私を困らせるの?!」とヒステリックに叫びます。これは、どんなに疲れていたとしても、親ならば絶対にしてはいけないことです。何故か?だって、ここに来たいと言ったのはエリアルですか?違うでしょう。マキアのわがままですよ。エリアルを一時的に預かると言ってくれたミドの提案を拒み、幼いエリアルを馴染んだ環境から無理やり引き剥がし、どんな時もエリアルと離れたくないという自分の寂しさを紛らわせる為に、エリアルとは何の関係もないイオリアの民のための戦いに連れて行き、結果として生活に困窮する羽目に陥っているのです。エリアルの何の落ち度があるのでしょう?すべてはマキアの自己中心的な判断の結果でしかありません。エリアルの為を本当に考えて、作戦参加の間だけミドに預けていたなら、作戦失敗した後は速やかにミドの農場に戻ってエリアルとの暮らしを再開できたのです。それが、幼いエリアルにとっては、最善の道だったはずですよ、マキア。あなた、周囲の反対を押し切りエリアルを育てると自分で決めた「母親」なのに、自分の欲望を子どもの安全な成長よりも優先させてしまった。マキアはとてもは優しいけれど、根本的なところで子育てを分かっていない。赤ちゃんを大きくするだけじゃない、子どもには心がある。育つのに適した環境が必要。親のエゴのために良い環境から無理やり引き剥がすのは、やってはいけないこと。そして、あなたはその結果生じた鬱憤をエリアルに当てて晴らし、エリアルを、アダルトチルドレンにしてしまった。エリアルは、自分は何も悪いことをしていないのに、寧ろ健気に母親を気遣って背伸びして生きて来たのに、内面的に幼く未熟な母親の実態に気付き、この人は自分が守ってやらないと駄目な弱い人なんだと思ってしまった。
この作品の感想でエリアルのマキアへの態度に疑問を呈している意見が散見されますが、こうしたマキアの犯した罪を前提に考えると、エリアルの苦悩がわかって来るはずです。
マキアは結局、親のいるクリムやレイリアと自分を比べて寂しさを感じていたので、家族を持つことを体験してみたかった。それで、赤ちゃんを育てるという行為をしてみたかった。可愛いもののお世話をすることで、自分の寂しさを癒やしていた。けれども、その可愛いものが、人間社会で育たなければならない心を持った存在だということを、根本的に分かっておらず、自分の所有物のように扱った。そして、その失敗の責任を、幼いエリアルに押し付けた。これが、マキアの犯した罪なのです。
また、レイリア...。この人も、母親としては、駄目でした。
拉致され、無理やり王子の子を孕ませられ、生まれた実子と会わせて貰えなかった。これは本当に可哀想です。
けれども、彼女を見捨てず命がけで救出しようとしてくれる同胞たちが大勢いました。その内、死んだと思っていた幼馴染のクリムが現れ、迎えに来てくれた。その時、彼女はクリムへの感謝の言葉もなく、生きていたことへの感動も無く、ただ自分の幼い感情を吐き出しました。
「あなたが死んだと思って、お腹を痛めて生んだ子どものことだけを考えて生きて来たの」
わかるような気もします。故郷も仲間も実子も奪われ続けて、生きる意味を見出だせず、子供を想うことを生き甲斐にするより他に無かった。彼女の精神は壊れていたのだと思います。
クリムが撃たれても、彼を気遣うでも追いかけるでもなく、うろたえるだけ...彼女にとって、長年の孤独な幽閉生活が、心を壊してしまったのかもしれません。
クリムの方も、想い人のレイリアを長年救えず多くの犠牲を出し、何度も作戦を立て、漸くたどり着いたレイリアから、他人との間に生んだ子の方が大事だと言われてしまい、張り詰めていた糸が切れてしまったのでしょうか...。
でも、私は、クリムに一番共感できました。少なくとも、彼は、一途にレイリアを想い、他の女性と子を作ることもなく、彼女を救出する努力をして来て、実際に成し遂げた。
もし、彼が絶望感を堪え、レイリアの心の壊れてしまっていたことを察し、
「わかった。二人でメドメルを迎えに行こう。ここを出て、3人で暮らそう。」
とレイリアに言っていたなら、違った未来があったかもしれません。レイリアは彼の手を取ったかもしれません。
けれど、クリムも長年の苦労がたたって、心が疲弊しており、そんな気遣いをすることができませんでした。ただレイリアにとって自分のことが大切でなかったと思い知らされた絶望感に呑まれ、心中という行動に出てしまいました。
彼も、幼かった...。
けれども、最終的に彼はその責任を自らの身できちんと取り、他の者に迷惑を掛けなかった。そこは彼の良いところです。
さて、それほどまでに切願した実子との再会を果たしたレイリアですが、実子メドメルに「誰?」と言われたことに戸惑い、私があなたの母よと自ら名乗り出て抱きしめてあげることも出来ず、ふと舞い上がった風に煽られてマキアの言葉を思い出し、突然母親としての責任も実子への想いも全てをかなぐり捨てて、高い塔から身を投げます。
「私は、飛べる!」
たぶん、レイリアは精神疾患にかかってしまっていたのだと思います。子どもに会いたかったのも、もしかしてメドメルならば一目見ただけで自分を「お母様!」と呼んで抱き締めて愛してくれると期待していたのかもしれません。けれど、現実は、赤子の時に引き離されたメドメルにとってレイリアは一目見ただけで母親と判断することなどできるはずもなく、最初は「誰?」と言われてしまった。それでも、賢いメドメルは、次第にレイリアを母だと認識出来ました。でも、レイリアにとっては最初のこそが全てでした。そこはクリムと似ていたのかもしれません。もう今生に意味は無いと悟り、自由な世界へと、全てを捨てて飛び立つことにした。自害の意志も無かったのではないでしょうか。ただこの世から解放されたかった。
マキア、クリム、レイリア...彼らは美しく儚い少年少女のような見た目をしていますので、観客側もついつい、甘い目で見てしまいがちです。
ですが、見た目に騙されずよく考えてみると、彼は作品の終盤では30代〜40代くらいの年齢なんです。そうすると、彼らが同年齢の人間と比べると内面的に随分と幼く未熟なのだとわかります。
恐らく、超長寿のイオリアは、内面的な成長も人間と比べるとかなりゆっくりと進行するようになっているのかもしれません。数百年の寿命とのことなので、100年で人間の10年分くらいの精神的成長になるのではないかなと思います。
だから、寂しさを埋める為に子どもを欲し、自分だけを見て愛して欲しいと願い、周囲の反応が自分の思い通りでないと全てを捨てたくなってしまう...。
そう考えると、彼らの突飛で幼稚な言動にも、まぁ仕方ないのかな...と思えて来る気もしますが...。
だからこそ、安易に外の世界と交わってはいけないと言った長老の言葉にも正しさがあると私は思いました。寿命が違うだけでなく、内面的な成長が驚くほどに遅々としか進まないということは、人間と所帯を持っても、子どもや伴侶に大きな負担を掛けてしまうことになるのです。そうすると、ただ寿命の面で取り残されるということだけではなく、内面的な幼さが原因で、人間社会の中で孤立してしまうという結果も見えてくるので、長い時を生きた長老の語った「本当の孤独」とは、即ち社会の中で孤立してしまうことを指していたのではないでしょうか...。
メドメル。彼女は本当に可哀想です。父からも祖父からも忌み嫌われ、母とは会えず、恐らくマキアたちやエリアルたちが送ったような同年代の友達や兄弟姉妹と遊ぶ幼少期もなく、幼い頃から死んだような目で街を見下ろし、一切の意思決定にも参加していないのに敗戦国の支配者としての責任をこれから担うこととなり、それを受け入れている時に、突然現れた母親が、自分を目にするなり目の前で身投げをし、「あなたのことは忘れるわ!あなたも忘れて!ヒビオルには書かない!ほんの小さなほころびよ!」と言われてしまった...。
あまりにも悲しすぎる人生です。
彼女を愛して守ってくれる人はいるんでしょうか?
彼女のこれからが、どうか、誰かに愛され、誰かと結ばれ、あたたかい家庭を築けるようなものでありますように。
最後にそれだけを願ってしまいました。