「公共ということ」ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)
公共ということ
実家が昔は本屋さんだった事が影響しているのかも知れませんが、僕は子供のころから本が好きでした。なんて言うと、「文学少年」とか「勉強好き」の様に思われるかも知れませんが、いえいえご想像とはちょっと違うのです。僕は、活字の印刷された紙が綴じられた本と云う物体が好きなのです。大きかったり小さかったり、分厚かったり薄かったり。装丁のデザインも様々で、年月を経ると黄ばんで来る、あの物体が好きなのです。だから、すべて同じ内容であっても電子図書には全く興味がありません。
そんな僕にとって、図書館と言うのは黄金のお城の様な存在です。
本作は、図書館で働く人の憧れの場所と言われるニューヨーク公共図書館の日々の活動を記録した3時間半の長編ドキュメンタリーです。いやあ、びっくりしました。本好きにとって天国の様なこんな図書館があったなんて知りませんでした。今からでも住民票を移して、ここの家の子供になりたいと思ったほどです。
まず、荘厳な石造りの建物がカッコいいのです。その前に立つだけで「知の殿堂」のオーラを感じる事が出来ます。そして、内部は広々としていて、手入れもよく 行き届いています。
勿論、入れ物だけではありません。そこに収蔵されているもの、その運営、そこで働く人々が素晴らしいのです。ここは「図書館は本の倉庫ではない」と言い切り、「地域にどの様に貢献できるのか」をコンセプトの中心に据えているのです。そして、その「貢献」の範囲が我々の想像を遥かに超えているのに驚きます。
図書館内のホールを利用して音楽コンサートが開かれます。話題の本の著者を招待しての講演会が開かれます。ま、この辺までは、ありそうですね。ところが、この図書館は、職を求める人の為に、様々な公共施設に働く人をスピーカーとして招いて仕事の紹介、斡旋まで行っているのです。あるいは、貧しさ故にネット環境に触れられない市民の為に、Wifiルーターの貸し出しも行っています。さらには、パソコン講座も開いています。或いは、年配者の方々向けのダンス教室まであるのです。
これら上に挙げたすべてのサービスが基本的に無料なんですよ。ここは、恐らく「市民の知の向上」を助けることが図書館の使命であると恐らく考えており、それを妨げる貧困の救済までもを視野に入れているのです。すんごいなぁ~。
これらの活動はすべて、ニューヨーク市の援助と広い寄付で運営されています。細かい数字は明かされませんでしたが、年間数十億円規模の予算なのかなと思えました。この予算をどの様に定常的に確保し、どのように使うのが有効なのかについての図書館首脳部の会議の様子も繰り返し紹介されます。
この図書館の広範な活動を見て、公共サービスに関わる世界中の人々が「そりゃあ、お金があれば我々だって」と考えるのではないかと思います。でも、当館の活動のどこか一か所をヒントに、収益性を維持しつつ地域の人の顔が見えるサービスという切り口を開く事は可能なのではないかなとぼんやり思えました。そして、改めて気づいたのは、
「こうした、地域の人々の知と情報への貢献と云うのは、図書館だけでなく、まさしく映画館の仕事でもあり得るな」
と云う事でした。僕の地元の「あつぎのえいがかんkiki」では兼ねてよりその様な事が標榜されていましたが、言葉では理解出来ても具体的な像が僕は頭の中に描けずにいました。ところが、本作を観て、「そうか、これなんだな」と初めて腑に落ちた気がしました。なるほど、シネコンでは描きにくい活動です。だから、今や推進力を失った映画館が改めて口惜しく感じられたのでした。
2019/08/15 劇場鑑賞