「冒頭でガッチリと掴まれ、後は各種アイデアと多くの引用にニヤニヤする。あえての抑制にも。」ベイビー・ドライバー ハルさんの映画レビュー(感想・評価)
冒頭でガッチリと掴まれ、後は各種アイデアと多くの引用にニヤニヤする。あえての抑制にも。
今作はエドガー・ライトの気合というか気迫を感じさせる出来になっていると思う。おそろしく作り込まれた映像と楽曲の融合はただの思いつきではないレベルに昇華されているので十分な娯楽性をもたらしている。冒頭のカーチェイスもアトランタの一画を見事に使い切っていて、ジェレミー・フライのスーパーなテクニックは言うまでもなく、警察車両の使われ方も逃走経路を考えるとそれなりにリアルで無理がない。このシークエンスでスバルWRXが使われていることがまず素晴らしいが、これは元ネタとも言われている『ライディングビーン』のことを考えると日本のメーカーの車両が使われているのは意図されたものと思われる。わざわざ後輪駆動に改造してまで繰り広げられたカーアクション(とサウンド)はアツい。
そのあとの現金輸送車を襲った後のカーアクションと銃撃戦も楽しかったが、たまたまそこにMP5Kを持った“海兵隊”くんがいるというわけのわからなさも笑える。そういえばマックィーンも海兵隊上がりだった。
ちなみに今作は『ゲッタウェイ』との相似が多くあり、ドクという名前やコインランドリー、聖書の引用、男女の逃亡、刑務所、ヘッドホンとイヤマフなどが挙げられる。
ドラマの部分で言及するならアンセル・エルゴートくんは愛嬌があっていいがこの“ベイビー”をこの作品の中で上手く演じていたかというとかなり微妙だ。それはエドガーの書いた本自体に由来される向きもあるだろうが、この主人公が抱える暗い部分を表現できていなかったように思えて仕方ない。ただしその部分をあえて抑制して仕上げたという見方もできそうなので“ベイビー”という言葉はなかなか有用ではある。すべてに拙いのは当然なのだ。
ちなみに自分の言葉を持っていなかったベイビーがあの高級レストランで見事に振舞っていたのはやはり入念なリサーチがあったからだろう。それはデボラにしても同様だったかとも思える(お互い時間が必要だった)。
ベイビーの人となりは単純に言えば幼少期のトラウマによって殻に閉じこもったまま成人してしまっている、ということになる。トラウマがあろうとなかろうとそういうヤツはいるものだが、寡黙であることはあの成り行きでは仕方ない。
つまるところベイビーは何をやっても中途半端である。しかしドライビングについてはその限りでない。面白いと思う。そしてそういう設定だったり造形を物語に落とし込んでいるかというとそうでもないとも思える。しかしこの作品世界は極めてユニークで興味深いのも事実。ついでに言えばリリー・ジェームズのデボラは美しいが魅力的かというとこれも微妙。だからまあお似合いなのだ。
個人的にはバディよりもドクのストーリーを見てみたい。そしてジェイミー・フォックスは主人公を埋没させかける出来だった。