「夜の自販機前のカットはかなり良かった」花に嵐 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
夜の自販機前のカットはかなり良かった
ドキュメンタリー映画というのは普通、一つの視点で描かれる。その作品を撮ろうとしている人の視点だ。
この作品はドキュメンタリーを模したモキュメンタリーだ。つまりドキュメンタリーではない。
主人公であり本作の監督でもある脂くんが撮るドキュメンタリーの映像と、もう一つ誰の視点でもない映像が組み合わさっている。
作中で、映画を撮れなくなってしまった先輩は言った。お前が見たいものは何だ?と。
撮りたい、見たいものをカメラに収めろという意味であり、見たいものが映像になるということでもある。
つまり、脂くんが撮っている映像は脂くんが見たいもの、願望が形になったものと見ることができる。
映画を撮れなくなった先輩が部屋で観ていた作品はおそらくギャスパー・ノエ監督の「エンター・ザ・ボイド」だ(もしかしたら違うかもしれない)。
その作品は死んで魂だけになった主人公が東京の街を彷徨う物語。
本作で彷徨う魂といえば脂くんが撮っている花さんだろう。
そしてもう一つ。冒頭に語られる、覚えている人と忘れてしまう人の話。そこから導き出すに、忘れてしまう人とは生きた人間のことであり、覚えている人とは死んだ魂なのではないかと思うのだ。
これらを総合すると、ドキュメンタリーとして脂くんが撮っている映像は、覚えている魂である花さん(ようこ)が見たいものなのではないか。
実際は、脂くんは何も撮っていないし、何も起きていないのかもしれない。
不思議でダイナミックな、実に面白い作品だった。大袈裟な劇伴の使い方も良かった。
最後にもう一つ。
最初に勧誘してくる女の先輩が、脂くんのカメラで撮られたときとそれ以外のときで豹変するのが面白い。
花さん、または脂くんには彼女がそんなビッチに見えるんだな。