「坂道のアポロンに再会できる実写映画」坂道のアポロン めまいさんの映画レビュー(感想・評価)
坂道のアポロンに再会できる実写映画
私は映画化が決定する前から、原作が好きでした。
『坂道のアポロン』という名作漫画を、120分の実写にするにあたり、どこを切るのか、どこを残すのかは難しい作業だったと思います。
全部を忠実に“再現”しようとすると、120分で描けるのは、薫と律子が気まずくなるまでくらいでしょう。
でも、部分的に映像化しては、原作の一本芯の通ったストーリーの素晴らしさが全く伝わらない。
そうした時に、サブキャラクターの設定や時系列を変更しても、『坂道のアポロン』が描こうとしている事をちゃんと実写化したのは、制作チームの英断だったと思います。
いくつか変更点はあれど、
薫と千太郎の関係性、
律子の心の変化、
薫が人間として豊かになっていく過程、
千太郎の迷いと苦しみ、
そうした、メインキャラクター3人に関わる部分は丁寧に描かれていたので、
実写版は初めて観たのに、ふしぎと「懐かしさ」を感じる。
小玉ユキ先生や、アニメで薫を演じた木村良平さんが「またあの3人に会えた」と表現されていたのは、きっとそういうことなのだと思います。
大きな見どころであるセッションシーンは
どれも素晴らしく、改めて音楽のパワーを感じました。
演奏シーンであえて1番を選ぶとしたら、やはり文化祭での即興セッションシーン。
律子の言葉で心を動かされた薫が、彼女の好きなMy Favorite Thingsからスタートする楽曲構成や映像演出、吹き替えなしの演奏シーンに挑んだ2人の役者、そうした点の素晴らしさはもちろん、
友情は一生ものじゃなかったのかもしれない…と決裂してしまった薫と千太郎が、再び音楽を通して友情を取り戻す場面は作品の肝となるシーンと言って過言ではないでしょう。
さらには、幼少の頃に人種差別を受け、学校にも居場所が無かった千太郎、都会からの転校生で疎外されていた薫が、生徒達から称賛され学校の中心となっているという事が、
友情や恋の陰に描かれている「差別」というテーマに対する答えを提示しているのではないかなと感じました。
お気に入りは何?という質問に、「考えておく」と答えを保留した薫。
きっと彼はその時既に、薫・千太郎・律子という3人がいる場所がお気に入りである事に気付き始めていた。
けれど、確信がもてないまま千太郎の失踪によって答えが出ないまま10年が経ち、
3人が教会で再会し、再びセッションをすることで
「オレのお気に入りは今この時間だ」と
清々しい表情で言い、律子も入れたセッションスタートの瞬間でエンディングとなる。
坂道のアポロンを実写化したのが、三木監督、知念侑李さん、中川大志さん、小松菜奈さんで良かったです。
居場所がなくて苦しい。悩んでいる。
そんな人たちにぜひ見てほしい映画です。