「狂気的な猜疑心が呼ぶ悲劇」イット・カムズ・アット・ナイト KinAさんの映画レビュー(感想・評価)
狂気的な猜疑心が呼ぶ悲劇
ファーストカットから引き込まれる作品。
ボロボロの身体の祖父を銃で殺し焼き払うというものものしいシーンから始まり、家族が感染力の高い「病気」から逃れるべく生活していることがすぐに把握できる。
謎の男の侵入から精神的な揺さぶりがとめどなく襲ってくる。
父親の狂気的とも思える警戒心と猜疑心に驚くけれど、家族を守るための行動として説得力があるのでどうしようもない。
頭に麻袋被せられた人間のビジュアルはいつ見ても不気味。
いくら信じられないからってそこまでせんでも…と正直思うけれど。
ウィルに水を飲ませるまでの矢つぎ早な尋問にはヒリヒリして堪らなかった。
どうにか信頼を得たウィルとキム夫妻とその子アンドリューと同居してからの日々は順調に見えるけれど、ほんの少しの刺激ですぐ切れそうな張り詰めた空気が絶えることはなく、彼らのかわす言葉の隅々まで油断ならないので観ている側のストレスも相当溜まってくる。
その最もたるのが二人の父親が向かい合って酒を交わしながらたわいもない話を繰り広げるシーン。
一人っ子だと身の上話をするウィルにほんの少し違和感を持ったら案の定、先の尋問にて「兄の家にいた」と答えていた。嫁の兄だと訂正は入るけど。
あの時ポールが嘘を付いたのかどうか、ずっと考えているけど分からない。とっさに出る言葉も酒の席での軽い話もうまく装うのはなかなか難しい。
しかし、隠し事は絶対にしていたと思う。祖父を焼いた時の高く上がった煙を目撃していないとは言わせない。
なにを隠していたのかもわからないので憶測でしかないが。そう思ってしまう自分もポールのように疑心暗鬼に駆られていることに気付く。
縛り付けとも取れるほどの家の掟に従いつつどこか危ういところのあるトラヴィスに注目しながら観ていた。
17歳という思春期真っ只中の彼からはキムに対する好意と欲が見え隠れする。
夫婦の会話を盗み聞いてその内容に笑う表情は可愛くも不気味にも見えた。
ただ、トラヴィスの欲望が物語を大きく引っ掻き回すわけでもなかったのが残念。
もっと取り返しのつかないことをしてしまうのかと思っていたのに。
安易なところだとキムを襲うとか、はたまたアンドリューを襲うとか…。マイルドにいっても自己処理のシーンは欲しかった。
終盤の大混乱、どうしてこうなった…。
犬は何に対してあんなに吠えて走り消えてしまったのか。帰ってきたときの傷は。
ウィルとキムはなぜ家を出て行こうとしていたのか。アンドリューはやはり感染していたのか。
それとも夢遊病だったのはトラヴィスで、先に感染したのも彼だったのか。
正直わからないことだらけなんだけどひたすら銃を向け合う家族たちの剣幕が恐ろしく息が詰まっていた。
これからどうなってしまうかと一寸先も見えない展開が面白い。
アンドリューを殺されたキムの最期の絶叫が頭にこびり付いて忘れられない。
”Kill me!!””殺せ!!”字幕の口調が大勝利。殺して、殺しなさい、とかじゃなくて。
そして結局ポール家は皆殺し、トラヴィスも無事感染、一貫の終わり。絶望のエンディング。精神崩壊待ったなし。
ディストピアと化してしまった世界で、あまりに強い疑心暗鬼がもたらした悲劇。
強すぎる疑いは真実を見えなくする。破滅をもたらす。しかし信じすぎても同じことが言えると思う。
どうすれば良かったかなんて一つもわからない。
ただ生きたかった二つの家族の悲しい結果がそこにあって、その先のことも容易に想像できる。
「なぜ疑うんだ」というウィルの言葉に胸を刺される。
余白の多さが尋常じゃなく、そのモヤモヤや物足りなさがまた後味の悪さを更に増してくるのでタチが悪い。好きだ。
世界観や設定は最低限しか示されず曖昧だけど、言動の強さから受け取れるものが多いので不満はない。
私にとっては余白を楽しめる作品だった。
明確に何かが夜に襲ってくるわけではなく扉を閉める理由もそこまで強くなく、謳い文句のミスリード感は否めないが。
「IT」とは夜中にやってきたウィルのことや病原菌などを指しているのかな。
トラヴィスの見る悪夢の内容が地味に恐ろしく、まんまと引っかかって怖がってしまった。
心理的な恐怖感だけでなくしっかりホラー的な恐怖も味わえたので満足。
感染者のボコボコのデキモノの気持ち悪さが最高。
とにかく全編に渡る強い緊張感が楽しく、また寿命が少し縮んだ気がする。とても好き。