劇場公開日 2018年5月4日

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「とことん身勝手になれば自分だけは幸福」サバービコン 仮面を被った街 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0とことん身勝手になれば自分だけは幸福

2018年5月19日
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鑑賞方法:映画館

笑える

悲しい

寝られる

ジョエル&イーサン・コーエン脚本、ジョージ・クルーニー監督作。
1950年代アメリカの閑静な住宅街で巻き起こる騒動を描いた、シニカルでブラックなサスペンス。

冒頭で紹介されるサバービコンの街は、まさしく『旧き良きアメリカ』のイメージそのものだ。
太陽はさんさんと降り注ぎ、車も服もキッチュで鮮やか、人々はみな明るくフレンドリーで、
幸福そうに満面の笑顔を浮かべている。なんて快活で健康的! 素晴らしきかなアメリカ。

だがまあ、『旧き良き』というイメージは、暗い2018年現在に疲弊した人々が、
現代よりも夢や希望や未来を感じる場所として理想化している側面もある。
血生臭い殺人や酷い人種差別など、後ろ暗い出来事はむしろ多かったのではと思うのだが、
大抵の人間は汚いものや恥になるものは公には残したがらないものだし、そうやって
『昔は良かった』と思える部分ばかりが際立ってしまうのかもしれない。
で、この映画で描かれているのは……そんな明るい陽射しの裏に隠れた暗い影の部分。

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主演の2人は流石の演技!
マット・デイモン演じるパパ。マジメそうで、いつも仏頂ヅラで、いかにも堅物だが、
物語が進むにつれてどんどんボロボロになり、同時にそのこすっからい本性も明らかになっていく。
ジュリアン・ムーア演じるママ。彼女は自分の欲望に常に忠実で、思考パターンも短絡的。
自分の為なら他人を少しも気に掛けない所も含め、まるで無邪気で残酷な子供のようだった。

そして息子を演じた若干13歳のノア・ジュプが見事! 実質的な主人公はこの子。
周囲で起こる理不尽な騒動を受け、どんどんオトナへの不信感を募らせていく表情が巧い。
終盤の食卓でのシーンで見せた怒りと悲しみ、ラストで僅かに和らぐ表情が、実に良かった。

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本作に登場する人々が、黒人を追い出そうとしたり、殺人を犯したりするのは、
煎じ詰めれば自分の価値観に基づく快適な生活、理想の人生に近付きたいが故だ。
自分が幸福になる為ならば他者を蔑むことや貶めることもいとわない訳である
(おまけにこの頃は黒人差別を“差別”と思わない人も多かっただろうし)。

にこやかな笑顔と健全な心で幸福な暮らしを手にしたように見えても……
そうして手にした幸福というのは、ずいぶんと醜く汚れて見えてしまう。
作り手は本作で、保守的・排他的な価値観に縛られた人々の偽善や欺瞞を描きたかったのだろう。

他方、他者に優しくなることで得られる幸福もある。
少年を我が子のように心配してくれる叔父のあの時の笑顔や、
黒人の少年と仲良くしなさいというある人物の助言が、
最終的には主人公の少年の救いとなる展開が優しい。

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しかしながら……『旧き良きアメリカ』の暗部を描いた映画や、黒人差別にまつわる映画と言うのは
これまでも作られてきているし、それら過去作より踏み込んだ描写が本作にある訳でもない。
くわえて本作は、往年のサスペンス映画を意識したようなゆったりめのテンポで、クラシカルな演出
(殺人シーンで壁に映った影だけを映す等)も多く、どうしても新味が薄いと感じてしまう。

サスペンス映画としての強度もあまり強くは無い。
序盤の警察署のシーンで「面白くなってきた!」と思う瞬間はあったが、そこから先は
大胆な展開や二転三転する展開もあまり見られず、驚きや緊張感は総じて薄い。
サスペンスでは無くドラマの起伏と言う点でも、全体的には淡々としたリズムで進むので、
スピーディで派手な映画に慣れ過ぎた自分のような観客は……ちょいと眠くなってくる。

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残念ながら個人的には、あまり印象に残る映画にはならなかったかな。
しかしながら雰囲気は嫌いじゃないし、演技やテーマのようなものも気に入ってはいる。
クラシカルな雰囲気のサスペンスがお好きな方、そして恐らくキャリア史上
最も情けなくこすっからいマット・デイモンが観たい!という方はご鑑賞あれ。

<2018.05.04鑑賞>

浮遊きびなご