ハートストーン : 映画評論・批評
2017年7月11日更新
2017年7月15日よりYEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー
主人公2人のキャスティングが最高。みずみずしくも残酷な青春映画
「好きにならずにいられない」や「ひつじ村の兄弟」など、雄大で過酷な自然を背景に、寡黙に葛藤する人物描写が魅力のアイスランド映画。「ハートストーン」はその系譜を受け継ぐ、みずみずしくも残酷な青春映画の傑作だ。
本作の主人公は、東アイスランドの漁村に暮らす2人の男子、ソールとクリスティアン。はっきりと示されてはいないが、おそらく14〜15歳くらいだろうか。2人は周囲から「仲良しカップル」と揶揄されるほどの大親友で、夏休みを朝から晩まで一緒に過ごしている。まず声を大にして言いたいのが、この2人をキャスティングした時点でこの映画がほぼ成功しているということ。ブルネットで小柄、上向きの鼻がリヴァー・フェニックスを彷彿させる、気骨ある面構えのソールと、体格はいいが巻き毛のブロンドが繊細さを醸し出すルネサンスの彫刻系美少年のクリスティアンのコントラストは、2人が映っているだけで画が保つ相性の良さと、第三者が入り込めない親密さを生み出している。
魚釣りはともかく、廃車の破壊や暇つぶしに痰を吐くといった「そこに意味などない」遊びをする一方で、女性のセクシーな写真を一緒に見て興奮し、ふざけてお互いを触り合う彼らは思春期真っ只中。特にソールは大人びた少女ベータが気になって仕方がない。ベータもまんざらではないようで、クリスティアンの協力のもと、2人の距離は徐々に近づいていくが、クリスティアンがソールに向ける視線とソールを見つめるクリスティアンを交互に映し出すカメラワークが、クリスティアンの秘めたる心情を雄弁に語っている。
冒頭、ソールたちが他の友だちを交えて魚釣りをしていると、大きな魚々に混ざり、一匹のカサゴが釣り上げられる。ある男子は「クリスティアンみたいに醜い」と罵倒し、そのカサゴを容赦なく踏みつける。クリスティアンは誰よりも美しい容姿の持ち主だが、人と違うことを悪しとする保守的な村人が大切にする、昔ながらの男らしさの枠組みには収まらない。カサゴを踏みつけることで、クリスティアンが、自分たちの価値観を揺るがしかねない異端の存在であることを暗示する。
クリスティアンの父親もまた、ある村人がゲイであるという理由で暴力を振るう人物だ。クリスティアンは自分のセクシュアリティをぼんやりと自覚しつつ、葛藤する。そして夏から短い秋へと季節が変わりゆくなかで、ある事件が発生する。
監督と脚本を手掛けたグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソンの幼なじみが、10代で自らの命を経ってしまったという、哀しい出来事にもとづいているという本作。海にリリースされたカサゴが海面に向かって泳ぎだすラストシーンに、監督のメッセージが込められている。
(須永貴子)