「日本の女優にセロンの爪の垢を!」アトミック・ブロンド 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)
日本の女優にセロンの爪の垢を!
監督は『ジョン・ウィック』で共同監督を務めたデヴィッド・リーチという人物である。
なるほど道理でアクション・シーンが派手で力強かったわけだ。
本作は誰が敵で誰が味方なのかが目まぐるしく入れ変わる典型的なスパイ作品だが、メインはシャーリーズ・セロンの魅せるアクションである。
セロンは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の撮影終了から2ヶ月も経たずにトレーニングに入り、3ヶ月間毎日5時間体を鍛えたという。
しかも『ジョン・ウィック:チャプター2』の撮影を控えて体を鍛える必要性のあったキアヌ・リーヴスと競い合うようにトレーニングをし、時にはスパーリングまでしたのだとか。
窓からケーブルにつかまって階下に飛び込むシーンだけはスタントに任せたらしいが、7分半の長回しのシーンも含めて他は全てセロン自身がアクションをこなしている。
しかも上記シーンにしたところでトレーニング中に前歯にヒビが入って取りやめたようなのだ。
日本にセロンほどのアクションをこなせる女優がいるだろうか?
そもそも前述した過酷なトレーニングを自分に科すほどストイックになれるだろうか?
パーシヴァル役で共演したジェームズ・マカヴォイも撮影資金に余裕がなかったのでセロンは体をどこか痛めても泣き言を言って休むこともなく毎日撮影を続けていたと発言している。
ハリウッドでは資金提供をする銀行や資本家などの素人が映画創りに口を出すためか、年々アクションやCGは派手になっていくのとは反比例して内容がどんどん低俗化、陳腐化していく問題を抱えているように見える。
しかし、このしっかりと体を作り上げる真剣さだけは日本の俳優たちにもしっかりと学んで欲しいと思う。特に女優たちに。
本作ではやけに街並が派手で東西冷戦時代の西ベルリンには全く見えず随分現代寄りにしている印象を思ったが、実際は当時の西ベルリンも極彩色に溢れた街並であったのだという。
とはいえ、本作は東西ドイツ統一という歴史的な事実を主題としたドラマではなくあくまでもアクションを軸とした映画なので、それが映えるように服装も含めて全体的な画調をスタイリッシュに統一してあまり昔を意識させないようにしたと思われる。
劇中に流れる楽曲も当時流行したものを選んでいるようだが、選曲基準はやはり本作のアクションに合うか?ではないだろうか?
エリック・グレイ役のトビー・ジョーンズは『裏切りのサーカス』や『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』などの映画でも諜報員を演じていたので本作の役作りもお手のものだったろう。
文芸作品の『奇蹟がくれた数式』でも味のある教授の役をしている。
エメット・カーツフェルドを演じたジョン・グッドマンもCIAの大物らしい演技を披露して作品に重厚感を添えている。
また、フランスの諜報機関DGSEの女性諜報員を演じたソフィア・ブテラは『キングスマン』の殺し屋で頭角を現して以来『スター・トレック BEYOND』『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』と大作では人外の役が続いたが、本作でやっと悪役でないまともな人間の役(レズビアンではあるが)を勝ち取っている。
結局は殺されてしまった東ドイツの諜報機関シュタージを裏切ったスパイグラス役のエディ・マーサンは本作でも人の良さそうな人物を好演しているが、特に主演した『おみおくりの作法』ではその魅力を最大限に活かした役どころであった。
ただ演じていたのが、幸福を目の前にして急転直下のアンハッピーエンドな人生を迎える主人公だったので、どことなく本作の役柄に通じている。
本作のスパイたちは誰しも人として欠陥を抱えた人物ばかりだが、実際にもMI6はアル中や、身寄りのいない精神疾患者などいつ死んでもいいような者をわざと起用していたようだ。
そう考えるとあっちを裏切りこっちを裏切りと二重スパイをして互いに化かし合いをする本作の登場人物たちの行動はなかなか真に迫っているのかもしれない。
ただし実はロレーン・ブロートンはCIA諜報員だったという設定は次回作への布石だろう。
原作のグラフィック・ノベルには続編があるようなので、本作の興行が良ければ次作も制作されると思われる。