「善意の顔をした怪物たちへ 。不意に突きつけられる本当の恐怖。」ゲット・アウト こひくきさんの映画レビュー(感想・評価)
善意の顔をした怪物たちへ 。不意に突きつけられる本当の恐怖。
本作は、観終わったあとに「怖かったですね」で終われるタイプのホラーではない。むしろ、背筋が冷えるのはエンドロールが流れ始めてからで、「あ、これ俺たちの話だ」と気づいた瞬間だ。
この映画に幽霊は出ない。血みどろの怪物もいない。いるのは「善良でリベラルで理解のある白人」たちであり、そしてその象徴として配置された恋人ローズである。彼女は差別をしない。むしろ差別を嫌悪する側の人間として登場する。警官に毅然と抗議し、家族の不用意な発言をたしなめ、黒人である主人公クリスの痛みに寄り添う。ここまでは完璧だ。
だが彼女は、黒人を愛していない。ただ「使っている」。身体を、若さを、能力を、文化を、都合よく消費しているだけだ。尊敬しているように見える態度こそが、最も残酷な支配になっている。ここがこの映画の核心で、露骨な差別よりも「私は分かっている」という顔をした善意の方がよほどタチが悪い、という話をジョーダン・ピールはホラーの形で突きつけてくる。
象徴的なのがサンケン・プレイスだ。意識はある。見えている。だが身体は動かない。叫んでも届かない。この描写は、社会の中で声を奪われる側の感覚を、これ以上ないほど正確に視覚化している。しかも恐ろしいのは、そこに閉じ込めている側が「自分は悪いことをしていない」と本気で信じている点だ。
ラストで主人公を救うのが警察ではなく、黒人の友人であることも示唆的だ。制度は彼を守らない。連帯だけが彼を救う。この構図は決してアメリカだけの話ではない。
本作はホラー映画の皮をかぶった社会の診断書だ。そして観客にこう問いかける。「あなたは差別していない側ですよね?」と。その問いに即答できる人ほど、この映画は怖い。
