嘆きの王冠 ホロウ・クラウン リチャード三世のレビュー・感想・評価
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壮大なる歴史絵巻の終焉
シリーズも最終作、本作をもってついにこの長編歴史絵巻も終わる。
本国イギリスではBBCのTVシリーズだった作品が日本では映画として上映されたことになるが、家の20数インチの液晶画面で観るよりも映画館の大画面で観て迫力を楽しめたので、筆者には良かったと思う。
日本ではこの手の歴史物が制作される場合はNHKの大河ドラマになってしまう。
あくまでも筆者の個人的な見解になるが、1回45分を50回近く観るのは苦痛だ。ダレ過ぎるし、余計な話が入るし、で観なくなってからもう数年が経つ。
特に『篤姫』以降の甘ったるい内容の「スイート大河」になってから徐々に観なくなり、別に次回観なくてもいいかと思っているうちに、いつの間にか全部観なくてもいいやに変わっていた。
2時間の作品が7つで計14時間、1つのシリーズとしてこれぐらいがちょうど良い。
本作は題名の通り主役はリチャードとなり、彼が陰謀を駆使して王位に昇りつめるまでと後のヘンリー七世となるリッチモンド伯に敗れて死ぬまでが描かれている。
前作同様に監督はドミニク・クック、主演はやはり前作から引き続き狂気のリチャードを見事に演じるベネディクト・カンバーバッチである。
さてこの『リチャード三世』は悪役の中の悪役と呼んでも差し支えないリチャードのキャラクターが強烈な印象を残すせいか昔から人気があったらしいが、クラレンス、エドワード四世、王妃マーガレットら重要な登場人物を削除した上に物語の半分を勝手に書き換えてしまったコリー・シバー版というのが長く横行していたようだ。
しかし本作はシェイクスピアの原作戯曲にほぼ忠実に従っている。
このシバー版は『リチャード三世』が単独で上演なり映画として制作される際に採用されていた傾向があるようで、むしろ前作『ヘンリー六世』が存在する本作では上記の主要登場人物らを削除するとかえって話がつながらなくなってしまう。
前作同様、リチャードが王位を簒奪するまではカメラに向かっての傍白シーンがいくつかあるが、本作でさらに強烈なのは夫も息子もリチャードに殺された王妃マーガレットの傍白である。
本作には幽霊も登場するが、失意を通り越したマーガレットはもはや人間離れした幽鬼のような存在になっている。ただし主役のリチャードと区別するために、はっきりとカメラに向かっては語りかけない。
原作にはない表現として、本編の最後で、戦争の悲惨さと家族を殺された悲しみを重ね合わせるように、兵士たちの屍骸が群がる戦場でマーガレットを彷徨わせているが、これはやりすぎに思う。
また息子のジョージを人質に取られたスタンリーがリチャードを裏切ってリッチモンド伯に表立って味方できない過程はいっしょだが、本作のリチャードの死後に戦場でジョージとリッチモンドらが再会するシーンは原作にはない。
原作では無事に救い出されたことが言葉で確認されるだけである。
決戦前夜に自分が殺した幽霊たちに呪いの言葉を吐かれてリチャードがうなされるシーンがあるが、原作では敵であるリッチモンドの夢枕にも現れて彼には慶事を約する言葉を告げている。
その他に原作には存在して本作では削られたものとして、エドワード四世が病死して先行きに不安を抱く市民3人が噂話をする場面などがあるが、細かい描写の省略などを別にすると本作は概ね原作通りである。
本作を観ていた時はあまり意識しなかったが、原作を読んでいると、マーガレットや幽霊の存在などもあり、なんとなく『ハムレット』を思い出させる。
実際に原作戯曲はシェイクスピアの初期作品になるので、この作品で培った手法を後に活かしていったことがわかる。
ただ本作と原作の双方でどうしても違和感を感じてしまうシーンがある。
夫のエドワード王太子を殺されたアンが当の殺した相手であるリチャードの全く気遣いも愛情も感じられない言葉に簡単に引っかかって彼の妻になることを承諾する下りである。
アンは政略結婚でエドワードに嫁いだのであり、史実ではエドワードを殺したのはリチャードではないので、恐らく実在のアンは割とわだかまりなくリチャードの申し出を受け入れられたと思われる。
しかし、本作は後にヘンリー七世となりテューダー朝を開いたリッチモンドの正当性を強調するために必要以上にリチャードを貶めている。
シェイクスピアはテューダー朝時代に生を受けた人間であり、いくら一演劇作家といえど上演の許可を得るために時の王朝の始まりをより神格化する必要性があっただろうし、観客もその方が単純に喜んだだろう。
そのためこの場面は特に強引な演出になっているように感じる。
またアンは史実では病死しているので、本作のリチャードが彼女を殺す設定も必要以上に彼の評判を下げる1つの演出である。
後にヘンリーと兄エドワード四世の娘エリザベスが結婚したのは歴史的事実だが、リチャードが自身の姪であるエリザベスを無理矢理新しい王妃にしようとした下りも史実ではなく彼を腐す同様の演出である。
これだけ悪役に仕立てたことがかえって効を奏してリチャードが強烈な印象を与えるキャラクターに育ったのもなかなか趣深い。
本シリーズは、プランタジネット朝のリチャード二世から始まり、ランカスター朝のヘンリー四世、ヘンリー五世、ヘンリー六世、ヨーク朝のエドワード四世、エドワード五世、リチャード三世と続き、テューダー朝のヘンリー七世が登場することで幕を閉じた。
歴史的には100年に満たない期間で4つの王朝の興亡を描いていることになるが、この後もイギリスはスコットランド王朝であるステュアート朝が後を継ぎ、元々はドイツ系であり英語を全く理解でなかった初代ジョージ一世に始まるハノーヴァー朝へと続き、現在はウィンザー朝となっている。
因みにウィンザー朝も元々はザクセン=コーブルク=ゴータ朝と名乗るドイツ系の王朝で、第一次大戦でドイツと戦争したために現在の名称に変更したといういわくがあり、現在のエリザベス二世の父君ジョージ六世より前は配偶者はドイツ系の王族から迎えている。
歴史的に現在の王室がイギリス人を代表しているのか疑問に思う面もあり、万世一系の皇室を戴くわが日本には全くもって思いも寄らない。
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