ウェンディ&ルーシーのレビュー・感想・評価
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とにかくアラスカへ。
ケルアックのような青春丸出しのロードムービーかと思いきや、盗んで、捕まって、犬が迷子で、車が壊れて(後にお釈迦)、ホームレスという、転落感がぱない。しかもインディアナからアラスカに向かう道中のオレゴン州で。カナダだったら強制送還だったのかも。
ずーっと電車が走っとんなーと思ったけど、オチがそれって。🇺🇸インディーズ界の至宝なら、そこはヒッチハイクじゃないんかーい!
ただ、無謀で切ない
ウェンディがどんな事情で旅に出たのか分からない、無一文、犬のえさを万引きして逮捕、愛犬は誰かに助けられたようだ。稼いだら戻ってくるからねと旅を続ける・・。
これが人間の子だったら、親失格、犯罪に等しいかもしれません。なぜ、こんな出口の見えない切ない話を映画にまでしたのか、子供たちに愛には責任が伴うと教えたかったのでしょうか、製作陣の真意が読み取れませんでした。
ルーシーはケリー・ライカート監督の愛犬だそうです。
米国北西部のオレゴン州、貨物列車は集うが、人はまばらな小さな町。 ...
米国北西部のオレゴン州、貨物列車は集うが、人はまばらな小さな町。
小さな自動車(ホンダのアコード)で、愛犬ルーシーとこの町にたどり着いたのは、若い娘ウェンディ(ミシェル・ウィリアムズ)。
中西部のインディアナから職を求めてアラスカへ向かう途中。
アラスカに行けば求人は多い、そう信じての旅だ。
操車場近くで屯する若いトラヴェラー(移動労働者)たちのひとりは、缶詰工場を訪ねるといい、俺は器材をぶっ壊して逃げてきたけれど、と屈託なく笑う。
さて、翌日、ルーシーのドッグフードが尽きてしまったウェンディは、駐車場警備員から教えられたスーパーマーケットへ向かう。
なけなしの金を残しておきたかったルーシーはドッグフードを万引きし、店員に見つかり、結果、警察に連行されて、ドッグフードの何倍もの罰金を支払う羽目になってしまう。
さらに運の悪いことに、スーパー前の柵に留めていたルーシーの姿は消え、自動車も故障して動かなくなってしまう。
デッドエンド、行き止まり、万事休すの人生か・・・・
といった内容で、ケリー・ライカート監督の演出は、安易にウェンディに寄り添わない。
遠くから、静かに、途切れることなく見つめているだけ。
しかし、幾度となく登場する横移動撮影は、途切れることなく見つめているという感じを醸し出している。
(冒頭のウェンディとルーシーの横移動のロングショットだけで、この映画が好きな類の映画だと確信しました)
その後、保健所の女性係官や自動車修理工場主(ウィル・パットン)とのやりとりなどがあり、アコードを修理に出したために寝る場所を失ったウェンディは、線路が見える崖上の森の中で野宿しようとするが、そこで恐怖の体験をする。
突然男が現れ、「見るな」と云い、ウェンディを注視する。
襲われる・・・殺される・・・
このシーンはメチャクチャ怖い。
『イージー・ライダー』のラストのような怖さ。
米国の、余所者に対する嫌悪感・排他性の表れで、駐車場警備員のやさしさとは裏腹。
米国の二面性が恐ろしいほどに表されています。
最終的にはルーシーと再会するウェンディだが、車を失った(修理する金がない)彼女はある決断をして、アラスカへの旅を続けることにする・・・・
常に憮然としたミシェル・ウィリアムズの演技も素晴らしく、90分に満たない小品だけれど、愛すべき佳作でした。
G○NER?!
断捨離するなら、生き物と車は最初に処分すべし。
この映画は、合理的に犬と車を手放す方法と見るべし。
スーパーの店員の言う通り『エサを買えないなら、飼う資格がない』
言い換えれば
『車を動かす能力が無い者は、車を持つ資格が無い』と言える。老人に対する差別?違う。 社会が『PLAN75』を発想するくらいなら、そう言い切ってもらいたい。そして、自らは車が無くても生きられる生活習慣に代えてもらいたい。そして社会は、車が無くても生きられるシステムになってもらいたい。
日本ではあるが、僕は去年免許を返納した。しかし、今までの人生で、車なんてなくとも生活が出来た。まともな生活を送っていると思う。ある意味で『物欲に頼らずとも快適な生活を送れ』とこの映画は語っている。
勿論、『黒人がニ人』と『ネイティブアメリカンが一人』出ているだけで、あとは白人の甘ったるい映画だけど。『PLAN75』まで、彼女はあと50年はあろう。270ドルしかないが、なんとかなる。頑張れ。犬なんかで泣くな!
最初この映画見た時、守衛の爺さん1ドルしか恵んでやらないのか!って腹がたったが、5ドル札が隠れていた。だから鼻歌歌ってるんだと認識、見てよかった。鼻歌の意味が分からなかった。だから、30ドルも踏み倒したんだろうなぁ。そう考えれば、不当と思いたい行政処分の50ドルも14ドルで済む。だから、タクシー乗ったのだ。
但し、
アメリカの車社会ってどうなっているのだろう?車運転できない人っているのかなぁ?
とてもよかった
ちょっとの万引きが高くつく。スーパーの連中が犬をちゃんとケアしてやれよと思う。警察では50ドルの罰金だけですぐ釈放。
車も、おそらく規定通りにオイル交換をしていれば発生しなかったトラブルではないか。主人公の身から出た錆で、トラブルが頻発する。主人公に対して、ほれ見たことか、世の中をなめるなと言うことは簡単だ。しかし、そんなことはよほど立派な人でもない限り誰にでも起こりうることだ。
犬と再会した結末は、里親に預けた子どもの幸福を祈って別れる実親みたいな感じで心に響く。あの後、アラスカには行ったのだろうか。
何より短くてまとまっているのがとてもいい。このくらいのサイズの映画がもっと流行るといい。
アラスカで 一旗あげて ガッハッハ
になれば良いどすねぇ。
頑張れ。ウェンディ。
2008年製作時点でミシェル・ウィリアムズは28歳。冒頭の彼女が、ビックリするくらいに不美人でビビるw
大陸内を、88年型アコードで車中泊しながら移動するウェンディの心の支えは、中型犬のルーシー。職を求めてアラスカを目指す途中のコロラドで、アコードが始動不能となる事から始まる転落劇。
貧困と就職難。2008年頃って、アメリカイケイケの時期だったはずなんじゃ?と思ってたら、彼女の出発点がルイジアナと聞いて。ハリケーンかいな?
明らかに困窮している彼女に、老守衛が「黙って受け取れ」と渡したのは、数枚の少額紙幣。他人の援助を当てにしても救われる事は無いよ、って言う。
アラスカまでの移動に掛かる費用を計算し、手持ち資金のやり繰りをしていたウェンディの計画は、クルマの故障と言う外乱で崩れ、後は転落の一途を辿るのみ。
アメリカの世相を映す鏡は、ギリギリで成立している生活が、いとも簡単に崩壊して行く様を、若い州外移民の女性を通し、淡々と描写して行きます。ほぼ演出無しでドキュメンタリー的な撮り方が、効果的にリアリティ増し増し。
スーパーから連れ去られたルーシーを、ルーシーの身を思い「良い家」に置き去りにするウェンディは、アコードも捨てて貨物列車に飛び乗る。
そうなんですよ。全てを捨てて、と言うか剥ぎ取られて、と言うか。とにかく「身一つ」となってしまうウェンディ。
人は所詮孤独なのだ。なのか。
孤立する家族と人々。なのか。
アメリカの将来を示唆したいのか。
緩やかに突き付けられたナイフみたいな映画でした。ノマドより20年以上前に、こんな映画を撮ったライカールト監督ぬ敬意の念を抱かずには居られません。
良かった。かなり。
と言うか。
2008年時点で、このオファーを受けたミシェル・ウィリアムズも偉いと思います。
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