「たったひとりの恋人」彼女がその名を知らない鳥たち ミカさんの映画レビュー(感想・評価)
たったひとりの恋人
今まではほとんど洋画しか観ないタイプでしたが、VODに入ってからは家で邦画も沢山鑑賞するようになって、その中でも今作はここ数年の邦画で間違いなく一番の作品で、心が酷く揺さぶられた作品です。ああ、劇場で鑑賞したかった。
白石監督の作品は、社会からこぼれ落ちた底辺の人間、生まれながらして要領が悪く上手く生きられない人間、人を人とも思わないゲスい人間の描写が本当に上手くて、どんな観察眼と洞察眼を持っているんだろうと驚いてしまいます。
ゲスな男と精神的に不安定な女性の作品は、昨今の邦画では割と多く作られていますが(流行りなのでしょうか?)、女性の描き方が、性暴力でも何でも受け入れてくれる聖母か、あるいは若くて可愛い女の子に男性が癒される的なロリコンファンタジー作品が多くて、世界は#me tooなのに邦画本当に大丈夫か?と思っていました。
しかし、今作のヒロインである十和子は男性を許し癒す女性として一切描かれていません。黒崎や水島に騙されても泣き寝入りはせずに、逆に復讐を果たします。つまり、男性からすると十和子はとんでもなく恐ろしい女なのです。私が今作を一番評価するところは、こういうテーマであるにも関わらず、男性の監督が女性を描く際にやりがちな気持ちの悪い女性蔑視感を感じさせなかったところです。
現代は科学の進歩によりおひとり様でも生きていける様になりましたが、その一方で人間ひとりひとりにも市場の論理が使われて、利益の出せない人間は生きていけない社会になりました。黒崎や水島の様な人間でも要領良く立ち回れば金や女が集まり、陣治や十和子の様な人間は、生きづらさを抱えてしまいます。日常的に自死、心中、虐待、DV、殺人のニュースが流れてきますが、ニュースの中の人間はきっと特別な人間ではない筈です。十和子や陣治はそんな生きづらさを抱えた特別な人間ではない現代人の象徴のように思いました。