「平凡だけど平凡じゃない。職人技が仕上げた”愛の物語”」いつまた、君と 何日君再来(ホーリージュンザイライ) Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
平凡だけど平凡じゃない。職人技が仕上げた”愛の物語”
まず、女優・野際陽子の遺作となった。ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申しあげます。
野際陽子の演じた、芦村朋子(現代)は、本作の企画者、俳優・向井理の祖母である。本作は、芦村朋子の半生記であり、向井理と親戚が朋子さん90歳の記念(卒寿)に自費出版してあげたものが原作となっている。
それをどうしても映画化したいと奔走した向井理の、おばあちゃんっ子ぶりが伝わってくる話だが、内容は、亡くなった夫・吾郎と子供たちと生き抜いた、戦中、戦後の50年の苦労話である。言ってみれば、流行りの"自分史"。つまりシロウトの作文である。
これこそプロフェッショナルの仕事。さすが深川栄洋監督である。「神様のカルテ」(2011/2014)や「くじけないで」(2013)、「トワイライト ささらさや」(2014)と、心に残る優しい映画を作る人だ。加えて脚本は山本むつみ。NHK朝の連ドラの「ゲゲゲの女房」で、向井理とのつながるわけだが、まさに夫婦物語の仕上げを依頼するには適任である。
とんでもないドラマティックなエピソードが控えているわけでもなく、ともすると単純な"貧乏物語"になりうる平凡な手記である。では向井理が見い出した"価値"は、どこにあるのか。
日本に限ることではなく、もう第二次世界大戦の体験をベースにした新作は、生まれてこない。発表済みの小説や漫画、エッセイ、詩集などの有限素材を実写化するか、過去の映画をリメイクするだけだ。
35歳の向井理世代で、ぎりぎり祖父母の時代だが、第二次世界大戦は、20代くらいだともう4~5世代前になってしまう。あたりまえの平和があたりまえでないこと。戦後直後の混乱が、いまからは想像ができない、まるで海外ニュースの市街地のようすだった日本。それがゆっくりと確実に忘れ去られていく。向井が、血のつながった家族の体験に触れ、リアルに感動したことは想像に難くない。
祖母・芦村朋子(回想)を尾野真千子、そして向井理自身が、祖父・吾郎を演じる。この2人の空気感が自然すぎて、身を委ねてしまう。
深川監督を始めとしたプロフェッショナルは、ありふれた物語を、唯一無二の"愛の物語"に昇華させている。何も"愛の言葉"がなくてもいい。ありふれているからこそ、大衆目線で伝わってくるものがある。
映画タイトル、"何日君再来"は多くの歌手にカバーされている名曲で、1977年にリリースされたテレサ・テンのヒット曲として日本では有名。オリジナルは、1937年に上海で製作された映画「三星伴月」の挿入歌で、周璇が歌って大ヒットした。今回、本作の主題歌として歌うのは、女優・高畑充希である。
高畑充希はミュージカル女優だし、歌手・"みつき"としてオリジナル曲もリリースしているので、なんら歌唱に問題はないのだが、今や主演級の第一線女優でありながら、歌だけで本作に出演していないというのが珍しい。
高畑充希ファンには、それも楽しみだったりする。NHK朝の連ドラ「ごちそうさん」で話題になった劇中歌「焼氷有り〼の唄」。また、ディズニーの実写映画「シンデレラ」(2015)の主役吹替を演じたときにエンドソングで歌った名曲「夢はひそかに」(城田優とデュエット)がある。
そして今年はアニメ映画「ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜」で、主題歌「デイ・ドリーム・ビリーバー(森川ココネ名義/1968年モンキーズがオリジナルで、忌野清志郎のタイマーズ版をカバー)も披露している。ほかにも、ゆうちょ銀行のミュージカルCMや、NTTドコモCMなど、彼女の歌だけで、独り立ちした個性を持っている。
この映画、平凡だけど、平凡じゃない。あらゆる職人技がモザイクのように組み合わさった良作である。
(2017/6/24/TOHOシネマズ新宿/ビスタ)