「トムは真のトップスター!」バリー・シール アメリカをはめた男 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)
トムは真のトップスター!
監督のダグ・リーマンと主演のトム・クルーズがタッグを組んだ作品としては『オール・ユー・ニード・イズ・キル』以来本作で2作目を観たことになる。
筆者が観たリーマン監督作品ということで言及するなら、本作は『Mr.&Mrs.スミス』『ジャンパー』 と上記の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』に続いて4作目に当たる。
いずれも娯楽作品として十分に楽しめる作品であるが、本作はかなりの脚色があるとはいえ実在した人物を扱った物語なので他の作品とは多少毛色は異なる。
リーマンも認めているが、バリーの行動はGPSや携帯電話が存在しない昔だからこそ発覚するまでに時間がかかったのだと思う。
本作では敢えて道徳的観点を排除し、さらにバリーをハリウッドの超トップスターのトム・クルーズが演じることで好感の持てる冒険家のように仕立て上げている。
しかしそもそも金のためなら自国民を麻薬漬けにしても構わず、いざ自分の立場が悪くなれば商売仲間を平気で売ってしまうような道徳観が相当欠如した人物なので、最後に殺されるのも自業自得である。
毎日出頭させる罰則はどう考えてもCIAも含めたバリーから被害を負わされた関係各所が麻薬組織に彼を殺させる企みであっただろう。
自分の手を汚さずに麻薬組織がバリーを葬ってくれる上に麻薬組織を非難できるのだから一石二鳥だったに違いない。
また本作を観ていて思ったが、アメリカは本気で麻薬を追放する気があるのだろうか?
褒められたものではないが、チャイナでは麻薬を所持しているだけで死刑である。
所持していた日本人も数名が捕まって処刑されている。
ここまで過激ではなくとも対策はいくらでも取れる。
ただCIAが暗躍して麻薬製造国に反アメリカ政府が誕生したりすると、本作のように現地の麻薬組織と手を組んで武器を供与して反政府組織に仕立て上げ、その見返りとして麻薬の流通を目こぼしするなどの工作をやって来たので多方面で糸が絡まってしまった結果、引き返すことができなくなっているようにも見える。
また麻薬常用者は思考力が落ちるので、愚民化政策にはちょうど良い側面があるのかもしれない。
本作はバリー・シールという破天荒な男に焦点を当てているが、実はアメリカ社会の問題点が浮き彫りにされているとも言える。
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ演じる義理の弟JBが無断でお金を利用したことに腹を立てたバリーは彼を追っ払おうとするが、ついには彼が爆殺される状況にまでなってしまう。
JBの行動にも大いに問題はあるが、バリーにとっては端金であり、その不寛容な態度はあまり褒められたものではない。
実際はこの出来事は脚色の可能性もあるが、いずれにしろバリーは本当に魅力的な人間かどうかには疑問符が付く。
因みにジョーンズは『アンチヴァイラル』や『神様なんかくそくらえ』に出演している。特徴的な外見に加えて独特な演技を魅せていて強く記憶に残る。
また本作ではトムが代役を立てずにほぼ全て自分1人で飛行機を操縦したのだという。
そして脚本家のゲイリー・スピネッリと監督のリーマン、トムの3人で共同生活を送りながら明け方まで作品の方向性について話し合いを重ね、夜明け頃に撮影現場に向かっていたという逸話まである。
もちろんトムはそれだけの操縦技術を元々持っていたのだろうが、今日本の俳優でトムほどの熱意を持って作品に関わっている人間がいるだろうか?
トムと日本の俳優たちでは出演料の多寡に相当な隔たりがあるのは百も承知だが、どうしても日本の俳優たちにサラリーマン的なスケールの小ささを感じてしまう。
バリーの人間性には懐疑的だが、やはりトムが主演というだけで華やかな印象になり作品が楽しめる。
トムのトップスターぶりを再確認できる1本である。