夜明け告げるルーのうた : 映画評論・批評
2017年5月16日更新
2017年5月19日よりTOHOシネマズ新宿ほかにてロードショー
日本アニメ屈指の異才の、驚きに満ちた王道青春ファンタジー
「マインドゲーム」や先月公開された「夜は短し歩けよ乙女」など、独特の映像センスで知られる湯浅政明監督。その異能ぶりは国内外で高い評価を受け、コアなアニメーションファンから支持されているが、いよいよその才能が広く知られる機会がやってきたかもしれない。
「夜明け告げるルーのうた」は湯浅監督の長編映画として初めてのオリジナル作品となる。日本アニメ屈指の個性派が自らのアイデアで、一体どんなケレン味ある作品を作ったのかと期待するファンも多いかもしれない。しかし、これが実に良い意味で同監督のイメージを覆す、爽やかな青春ファンタジーである。とはいえ持ち味を捨てることなく、見事に湯浅マジックを駆使して仕上げている。
廃れた漁港の町に暮らす中学生のカイは、鬱屈した毎日を送っている。唯一打ち込めるものは音楽制作だが、それも誰にも言わずにネットに発表するのみ。ある日クラスメイトにバンドに誘われ、しぶしぶ練習に付き合わされたところで人魚の少女、ルーと出会う。音楽につられて楽しく踊るルーとの交流で、少しずつ前向きな気持ちを取り戻してくカイだが、町おこしに人魚を利用しようとする大人たちの策略に二人は巻き込まれてゆく。
湯浅監督は自身の作品の感想に「人に奨められないけど面白い」など、妙なエクスキューズをつくことが多いのが不思議に思い、自分の好きなものは、素直に好きと言って良いはずというメッセージを本作に込めたそうだ。主人公のカイのように、音楽が好きなことを隠す必要なんてない、好きなものは素直に好きと叫んでいいんだ、そんな思いが込められた作品になっている。
そうした若い人たちに向けたメッセージと共に、本作の大きな魅力は、小気味よいアニメーションの動き。作風はこれまでの湯浅監督の作風とは一線を画す爽やかな感動作だが、独特の遠近法やダイナミックなカメラワーク、揺れる人物の線画など、ダンスやアクションシーンでは湯浅監督の持ち味も存分に堪能できる。なによりヒロインのルーの表情も動きも愛らしい。彼女の魅力によって、子どもでも楽しめる児童映画としても非常に優れたものになっている。
もっとも、湯浅監督は「クレヨンしんちゃん」シリーズや「ちびまる子ちゃん」など、児童アニメでその腕をみがいた作家。子どもを楽しませる動きがどんなものか、肌で知っているかのような、どのシーンでもルーをはじめとしたキャラクターたちが本当に気持ち良く動く。
湯浅監督は自身の持ち味を存分に発揮して、新境地とも言える王道青春ファンタジーを作ってみせた。心から好きだと叫びたい1本だ。
(杉本穂高)