「手が離れてしまった親子関係のすれ違いをユーモアで埋めていく。」ありがとう、トニ・エルドマン 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
手が離れてしまった親子関係のすれ違いをユーモアで埋めていく。
ついつい、自分と親の関係のことを考えてしまった。子どもの頃はまるで以心伝心、心を全部読まれているような気がするくらいに通じ合えていた(と感じられた)はずの親とも、離れて暮らす期間が長くなり、それぞれに見るもの、食べるもの、読むもの、感じるもの、思うこと、そして過ごす時間も生活スタイルも違っていくうちに、心は明らかにすれ違ってしまう。この映画のキャリアウーマンの娘イネスと風変わりな父親の関係は、間違いなくお互いを想い合っているし慈しみ合っているのが伝わるのに、なぜかいつもぎこちなくて居心地が悪そうである。
私なんかでも、時々実家に帰ったり、あるいは両親が我が家を訪ねてきたりすると、久しぶりに見る顔に嬉しくなる半面、いつもの生活リズムが狂って落ち着かなくなるし、別れた後で感じるのは寂しさ以上に、ようやく一人に戻れた安堵感や解放感だったりするもの。この映画はそんな、すっかり大人になり、親離れも子離れもとっくに終わってしまった親子の間にあるすれ違いを見つめ、そこから親子の絆や愛を見定めていく、そんな物語なのだと思った。ぎこちなく不器用ながらも、すれ違う親子の心をすり合わせていく様子とそのユーモアに心癒されるような気分がしてなかなか良かった。
とは言え、タイトルにまでなったトニ・エルドマンという、父親が見せる扮装の人物のキャラが、予告編で期待させるほどには立っておらず、なんならサンドラ・フラーによって表現された娘イネスのキャラクター造形の方がよっぽど立体的で面白くユニークに感じられたほど。仕事に打ち込んでいる女性を決してステレオタイプな感じには見せず、人間味を齎して演じられていて、トニ・エルドマンよりよっぽど作品の中で輝く存在感を見せていたように感じたのは、必ずしも私自身の年齢がよりイネスに近いからだけではないと思う。トニ・エルドマンもっと派手にもっとめちゃくちゃやってくれても良かったような気がするし、これではちょっとキャラが弱いよ、と・・・。だって、毛むくじゃらの被り物で登場する父親より、テンパっちゃって裸のまま飄々と客を招き入れちゃう娘の方がどう考えても面白くて可笑しいでしょう?(ハリウッドでジャック・ニコルソン主演でリメイクされるのであれば、もっと破天荒なトニ・エルドマン像が見られそうな気がするので、そういう意味では期待できるかな?)
もう私は完全に娘イネスに共感し、またサンドラ・フラーの幅広い表現力に魅せられた(いつも仏頂面しているように見えるのに、怒ったり泣いたり動揺したり戸惑ったり挫折したり打ちひしがれたりという感情の振れ幅が明白に伝わる演技!)。そして私自身の少し倦怠感のある親子関係を顧みて切なくなりながらも、少し元気をもらったような気がする、そんな映画だった。