「ラスト30分の笑いの爆発力。"豊かな人生"とは何かを問われる」ありがとう、トニ・エルドマン Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
ラスト30分の笑いの爆発力。"豊かな人生"とは何かを問われる
162分(2時間42分)と長尺だが、ラスト30分にやってくる想定外の笑いは、それまでに重ねられた知的な仕掛けと主演2人の演技力があるからこそ、強力な爆発力を生み出す。今年、この映画を観ないときっと損をしている。
グローバリズムの中で、時間と効率に追われる現代社会を風刺して、"豊かな人生とは何か"を問う映画。世界中の人が引き込まれた理由がここにある。
この映画は人生経験に比例して奥深さを増す。とくにクソ真面目に生きているビジネスマンには、この風刺の意味することが直接的に心を揺さぶるはず。
子供っぽい悪ふざけが大好きなドイツ人の父親"ヴィンフリート"。ルーマニアに暮らしている娘"イネス"は、才女でコンサルタント会社で国際的な仕事をこなすキャリアウーマン。ある日、仕事中の娘の前に父がとつぜん現れ、ひと騒動起こすが帰国。ところが今度はカツラをかぶって、バレバレの変装で、"トニ・エルドマン"と名乗って登場する。娘を想い、人生とは何かを問いかけるために、突拍子もない言動を繰り返す"トニ・エルドマン"。
"時間"を考え、"目標達成"を義務とし、数値化できる"成果"に価値を見いだし、第三者の"評価"に一喜一憂し、つぎのステージに上がることで充足感を得る。優秀なビジネスマンは、ほんとうに人生の瞬間の価値を認識できているのだろうか。
この作品の評価が割れるとしたら、まだ社会に出ていない若者、または幸運にも(?)社会の面倒くさいことから距離を置けている人。風刺作品は、身近に思い当たる事象がないと笑えるわけがない。しかしそれはそれで幸せだ。もしくはすでに”トニ・エルドマン人間”かもしれない。
この映画を観たからといって、いま頑張らなければならない緊張感で生き抜いている人を止めることはできない。実際、劇中のイネスは、職場こそ変えたが、キャリアウーマンであることに変わらない。人一倍のユーモアセンスが加わったと思うが…。
(2017/6/28/新宿武蔵野館/ビスタ/字幕:吉川美奈子)