劇場公開日 2018年2月16日

「評論家には酷評・観客には大人気」グレイテスト・ショーマン pipiさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5評論家には酷評・観客には大人気

2023年5月9日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

楽しい

怖い

一種の模範的作品だと思う。脚本・演出・編集において「ある意味」良く出来ている。(ただし捻りは皆無。ご都合主義満載)
とりあえず及第点の星3は確定するとして、諸手を挙げて拍手するには引っかかってしまう部分に言及したい。

先にポイントを述べると
・実在のP.T.バーナムは「良い奴」ではない。
・フリークショーは奇異な外見、珍奇さや禍々しさ、猥雑さを売りにしたものであり、観客の好奇の視線に晒す事を目的としている。
・それを「個性を輝かせる」「差別・偏見の払拭」という美談に作り替えるのはどうかと思う。
という事になると思う。

まず19世紀のアメリカが舞台という事で、当時の史実や社会情勢を「現代」と重ねて考える事は出来ない。
(日本では天保年間。幕末の志士達がまだオギャーと生まれた赤ん坊の頃だ。)
とりわけ「身分制度・階級意識」
「独立戦争の頃には今後縮小されていくと思われた奴隷制度が、綿花栽培産業などの為にむしろ拡大していった事」
「全白人男性の普通選挙の実現(それまでは一部の上流階級に限られた)」
「一般大衆を支持基盤としたジャクソン支持者達による民主党の創立。ジャクソンの大統領就任」
「南部西部による中央銀行潰しと州銀行による通貨過剰発行によるインフレ」

その辺りを踏まえて本作を観ると、当時の人権意識が発達過程のどのような段階にあったのかを推し量る事が出来る。
・欧州の支配からは逃れたいが、自らはその模倣に拘泥している上流階級。(しかしながら彼らが「本物の芸術」を育成する支援者である事実も少なからずある)
・一般大衆や移民層の、政治&経済的影響力の拡大

そういう熱いエネルギーが蠢く混迷の中、P.T.バーナムという人物は実に水を得た魚だったのだろうと思う。
LIFE誌では「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に選ばれている。

バーナムが残した目覚ましい功績は
「多数の大衆を動員出来る『サーカス』『動物園』『フリークショー』『蝋人形』をすべて盛り込み、演出や構成にも趣向を凝らした「ショービジネス」の確立」
「サーカス業界初のサーカス興行列車の立ち上げ」
かと思う。
(※晩年は市長や州下院議員として色々と功績を上げているだろうが興行師としての件に絞る。
※webに「サーカスの創設者」のような解説が散見されるが「サーカス」自体は1770年にはすでに確立されている。)

しかしながら、やはり彼の成功を切り拓いた原点は「フリークショー」であり、そこにあるのは人権意識ではなく金儲けだった事は想像に難くない。
フリークショーが「空中ブランコ」や「曲芸」のように「サーカスの一演目」とされず、わざわざ「フリークショー」と区別されているのは「奇異な外見を好奇の目で見る差別意識」に対する人権的反発が根底にあるからだ。

映画内では、バーナム博物館への反対者達はレイシスト(差別主義者)として描かれていたが実際はどうだったのだろうか?
実は真逆で、差別意識に対する不快感から否定していた人達もいたのではないだろうか。
ベネット記者の酷評に似た反発があったのではないかな?(いや、民衆側だとやっぱりレイシストも多かったのか、、、)

残念ながら1830年代というのはまだまだ孤児を監視下において虐待による芸の習得や搾取が罷り通っていた時代だ。映画「フリークス」に出演しているヒルトン姉妹(結合双生児)などは実親に売り飛ばされている。
「フリークス」は1932年、トッド・ブラウニング監督作品だが、この作品は観客に大変なショックを与え、監督生命を閉ざすものとなり、イギリスでは30年に渡って公開禁止とされた。
バーナムが最初に博物館を開いてから約100年。この100年間で人権意識の普及には格段の進歩があったと言える。

現実のバーナムに好感がもてる点といえば、フリークショーの出演者達に「正当な報酬」を支払っていた事だ。
先のヒルトン姉妹などは支配者らにすべての利益を奪われ、姉妹は彼らが飼育する「所有物」として扱われていた。その半世紀以上も前から、彼らを対等な人間として正規契約していた事はバーナムの人柄に優れたものを見いだす事が出来る。
事実「親指トム将軍」は大人気のスターとなる。史実ではヴィクトリア女王に拝謁できたのはフィリップのコネではなくトム将軍の人気によるものだし、火災ですべてを失ったバーナムを助けたのはこれまたフィリップではなく、財を築いていたトム将軍だ。
今よりも遥かに身体障害者への差別と偏見が激しかった時代、例え大半が好奇と憐れみと蔑みの視線だったとしても彼らに「生きるすべ」と「成功へのチャンス」を与えたことは評価すべき功績なのかもしれない。

ただ、やはり「バーナム効果(行動心理学用語)」などのネガティブな単語まで作られてしまうようなP.T.バーナム。美談と感動の名作にしてしまうのはどうかなぁ、と思ってしまう。
いっそ、バーナムにインスパイアされた「まったく架空設定の物語」にすれば良かったのになぁ。
(バーナムがフィリップを助けに炎の中に飛び込んだシーンは素晴らしいと思った。あの行動が団員達に「あれが自分だったとしてもバーナムは助けに来てくれる」という強い信頼を生んだと思う)

とまぁ、初見直後にはこんな感想を抱いたわけなんですがね。
改めて映画評を見てみると「映画評論家の反応は真っ二つに分かれ半数は酷評」「しかしながら観客評価は高く、口コミでじわじわ評判が広がりアカデミー賞ノミネートに至る。ただし無冠」
(米国評論家はやっぱり実際のバーナムに引っかかるらしいw)

なんてこった!
まるで本作内のBarnum's American Museumそのものじゃないか!(苦笑)
そして、日本では公開初日から大ヒット。
つまり「アメリカの近現代史」に馴染みが薄ければ薄いほど本作の評価は高いというわけだ。
実際、ウチの息子も「視聴前と視聴後で人生が変わるくらい感動した!」って言ってるしねぇ。(ただし、キミはもう少しアメリカ史を勉強しろ(笑))

う〜む、映画制作の「教材」にしたい作品だとは思ったけど、感動はしなかったしなぁ、、、。
時代背景や時代考証はすべて無視して
「現代社会の投影」として鑑賞した方が良いのかなぁ、、、。
いずれにせよ「世の中のニーズに応える作品」である事は認めねばなるまい。
でもなー、やっぱり本心では「多様性」という「見せかけのポリコレ」で感動を狙った薄っぺらい映画、って感じちゃってるんだよなー。曲とダンスはまぁ良かったけど。
でも、ミュージカル仕立てなのに歌がアテレコ感多すぎるのもどーかと思う。
映画としてはバーナム並みのフェイクって感じる。
「感動させるフォーマット」に落とし込んだ小手先のテクニックだと感じてしまう。(だから、ある意味では映画制作教本向きなのよね)

こーやってごちゃごちゃ書くと、またぞろ知識のひけらかしだと不興を被るかもしれないが、率直な感想なのだから仕方ない。
まぁ、そんな時には一言。
This is Me♪
と歌ってみるか。

pipi
Mさんのコメント
2023年5月10日

詳しい解説ありがとうございました。
音楽素晴らしかったのですが、私も何か引っ掛かっていたのはそのせいでしょうか。
映画を見るときには背景を知らないよさもたまにはあるんですね。(もちろん、本来はきちんと背景や歴史を知って、見た方が深まりはあるのでしょうが)

M
マクラビンさんのコメント
2023年5月10日

深いですね!

マクラビン
大粒 まろんさんのコメント
2023年5月10日

素直に素晴らしい感想だと思います。

大粒 まろん
CBさんのコメント
2023年5月10日

> 差別意識に対する不快感から否定していた人たちもいたのでは
それもいたでしょうね。
ただおっしゃる通り多くは "異形" を嫌う偏見だったんでしょうね。

実在の人物なら、美化し過ぎるな。は、賛成です。見方は人それぞれなのかも知れませんが。架空の物語とする、はありですよね。ナイスアイデア。

CB
みかずきさんのコメント
2023年5月9日

共感&コメントありがとうございます。

ミュージカルは苦手なジャンルでしたが、
ラ・ラ・ランドで覚醒し、本作で好きなジャンルになりました。
曲も良かったですが、歌詞に心打たれました。

それにしても、海外の俳優は、
声量があって歌が上手い人が多いですね。

-以上ー

みかずき