「道義を曲げず信念を貫いた国王の決断、この冬お勧めの一本に推薦!」ヒトラーに屈しなかった国王 Harryさんの映画レビュー(感想・評価)
道義を曲げず信念を貫いた国王の決断、この冬お勧めの一本に推薦!
昨日、東洋経済新報社主催の試写会が、ノルウェー大使館内の素敵なホールで行われ、幸運にも参加する機会を得た。上映に先立ち、エリック・ポッペ監督から制作にまつわる裏話が紹介された。監督のきれいな英語とまた、プロの通訳者さんの完璧なまでに美しい日本語訳で、開演前の助走がうまく整った。
ホッペ監督は、本作品の制作に4年の歳月を費やし、そのうち脚本に3年をかけて、現存する膨大な文献を調査し当時の史実に基づき忠実に再現することに努めたという。本国ノルウェーでは3週連続1位を獲得し、国民の7人に1人が鑑賞するという社会現象的大ヒットを記録したというのだが、映画を観終えて、なるほどその反響が容易に想像できた。
ポッペ監督は、ノルウェー国民のためにこの作品を制作し、その共感を得ることが出来たところまでは期待どおりであったが、海外での上映は当初から想定していなかったものの、今回、アメリカや日本、南アフリカなど海外でも反響を得ているのは全くの予想外だったという。
監督は、撮影を振り返り、当時をより忠実に再現するためには、王宮での撮影が欠かせないと考えたのだが、「通常どの国でも、いち映画の撮影で、王宮での撮影が認められることはそう多くないと思う」と述べ、自分もダメ元で申請したところ、幸運にも許可が下り、実際に使われている王宮での撮影が実現したという。
また、主役のホーコン国王の孫で、現国王であるハーラル国王が実際に執務を行っている隣の部屋を使った撮影では、最少人員での遂行を条件に撮影が許可されたため、監督自身がカメラを担いで撮影したという。そして、ホーコン国王が登場する王宮内のシーンを正に撮影している自分の後ろで、その孫である今のハーラル国王が、「今隣の部屋で撮影をしているから、大きな声で話せないんだ!」と声を潜めて電話口で囁いている、なんともシュールな場面を体験をしたんですよ!」とやや興奮気味に撮影当時のシーンを回想していた。
監督は、この作品でホーコン国王役をイェスパー・クリステンセン氏に演じてもらうことが大前提に考えたいたが、クリステンセン氏がミスター・ホワイト役で出演している『007/スペクター』の撮影時期と重なってしまったため、そのクランクアウトまで本作品の撮影を一年延ばしたという。監督がクリステンセン氏の起用にこだわったのは、単に素晴らしい役者であるからだけでなく、ホーコン国王にそっくりだからという。そのことを象徴するエピソードとして、王宮での撮影時に、国王の衣装をまとったクリステンセン氏が、王宮の廊下を奥のキッチンの方に向かって歩いていたところ、キッチンから王宮のスタッフが不意に出てきて、歩いてくるクリステンセン氏を一目見て、「亡くなったホーコン国王の亡霊が出た!」と驚き、抱え持っていたグラスを全部、床に落としてしまったというエピソードが紹介された。
正直、私は歴史に強い方でもないし、北欧についても、なんとなく憧れはあっても実際に行ったこともなければ、元首の名前も出てこない程度の知識レベルで、この作品に挑んだ。誠にお恥ずかしながら、どうしてノルウェーの国王がデンマークからやってきたのか等、北欧諸国の歴史については何も知らなかったことに気付かされた。ノルウェーが1905年にスウェーデンから独立したこと、デンマーク王家の王子が国王としてノルウェー国民に迎えられたこと、ノルウェーは14~18世紀までデンマークの支配下に、18~20世紀までスウェーデンとの同君連合を組んでいたことなど、この映画を機会に、北欧の歴史を遡って調べる興味が湧いてきた。
最後に、この作品の主題部分について少し触れておきたい。この作品は終盤でやや展開が駆け足になった感が私には少し残ったのだが、総じて大変素晴らしいノンフィクション作品だと思う。肝になるのはやはり終盤で、ポッペ監督が一番思いを込めたと思われるホーコン国王とドイツ公使役の直接交渉のシーンであろう。国王の道義を貫く苦渋の決断、あくなき民主主語へのこだわり、国民主権の考え方、「王のためでなく祖国のために」という言葉があらわす国を思う一貫した信念が見事に表現されている。
また、必死に最後の最後まで全面衝突を避けようとした、ドイツの外交官の存在と、相反して突き進むナチス軍部の描写から、当時の戦争というものがどのように始まり、進行してゆくのか、その実際の展開の一例がリアルに描かれた作品であると思う。この作品の主役はもちろんホーコン国王であるが、私はそれに次いで、このカール・マルコヴィクス氏が演じるドイツ公使が強く印象に残った。
この作品はナチス・ドイツを糾弾する単純な反戦映画ではなく、あくまでも忠実に、史実に基づいたフェアーな描写で、監督が伝えたいメッセージの重心がどこにあるかを鑑みれば、ドイツ人の観客でも極端な思想の偏りがある人でなければ、大方、受け入れ可能な作品ではないかと想像する。この作品は、歴史を学ぶ映画としてだけでなく、危機対応のリーダーシップも学べる作品ではないかと思う。
この冬の必見の一本に推薦したい。