「重い鉛に繋がれた少年の心が、解き放たれる感動。」怪物はささやく 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
重い鉛に繋がれた少年の心が、解き放たれる感動。
原作はヤング・アダルト向けの小説だというけれど、描かれている内容は大人の鑑賞に堪えうるどころか、完全に哀しみや失望を知った大人のためのフェアリー・テールという感じで実に深遠。映画を見終えた後で思わず原作本を買いに書店に入りました。
主人公のコナー少年は、13歳の小さな身体の中に、本来は抱えなくてもよい筈の罪の意識を封じ込めて、まるで罰せられることを待ち侘びているかのように日々を送っている。クラスメイトからの酷いいじめに耐えているのも、自分は罰せられて然るべきだと考えているから、という風に見える。そしてそんな罪の意識や悲しみや失意が、その小さな体では閉じ込めきれなくなって、こころが完全に押しつぶされかけている時に、巨大のイチイの木の怪物が、二面性のある矛盾を抱えた物語を話して聞かせるというストーリー。怪物の話す物語は善と悪や正と否とが反転したような結末を迎える。それが、重たい鉛に繋がれたような少年のこころや、矛盾だらけで説明のつかない感情に徐々に共鳴していく様子がとても情感的で実にドラマティック。主演のルイス・マクドゥーガルはまだまだ10代前半の少年なのに、悲しみと失意を少ないセリフであんなにも表現できてしまうなんて本当に凄い。
映画は悲しい結末を迎えるが、だから涙が出るわけではない。寧ろ、罪の意識や失望に縛られて身動きが取れなくなっていた少年のこころが、ようやく解き放たれて自由になるのを感じて、その解放感に思わず涙が溢れた。同時に感じる、母の深い愛にも。
原作小説を読んで改めて驚いたのは、映画の脚本は原作の小説をとても短く刈り込んでいながらも、映画の中で語り足りていない部分がなかったことだ。映画を観ていると、劇中には描かれていない原作の要素まで、きちんとこちらに伝わっていた。原作者が映画脚本を担当した強みと、映像と演技によって言葉など使わずとも伝えられる演出力を感じる体験だった。
とても静謐で深刻な内容の映画なので、見る人を選んでしまうかもしれないが、水彩画や水墨画を思わせるアニメーション映像の美しさや、役者陣の素晴らしい演技、そして神話のように含みのある物語は見る価値があると思う。
エンドロールで、インストゥルメンタルが2曲流れた後で歌ありの曲が最後に流れるが、その曲がまた、まるで心に羽をつけてまさに飛び立とうとする少年の心そのものを謳ったかのように雄大かつ清々しい佳曲なので、是非エンドロール最後の曲まで聴いてから席を立つことを薦めたい。