「完璧」ノクターナル・アニマルズ ジョーカーさんの映画レビュー(感想・評価)
完璧
全く欠点のない、完璧な映画。
主人公スーザンは、仕事で成功を収めているが、夫とはあまり上手く行っておらず、精神的には満たされていない。そこに別れた元夫、エドワードから小説が届く。彼とは20年前に別れており、そのときにひどい仕打ちをしたという。その小説の内容とは。そしてその小説が意味するものとは。
まず、この小説が送られてくる前までに彼と別れてから連絡は取っているのか。スーザンは「数年前に電話をかけたが一方的に切られた」と言っている。これは、エドワードがスーザンに対して“仕打ち”を気にしてるということだ。
そして、小説を梱包していた紙で指を切ってしまう。ここもエドワードからのスーザンに対する想いがうかがえる。
そして、ここから現実と小説と過去の交錯が始まるのだが、小説の内容が占める部分が圧倒的に多い。そしてその力量に圧倒される。全般的な主題はかなり考えさせるものだが小説の内容だけみればスリラーとしてもヒューマンドラマとしても楽しめるものとなっている。小説の冒頭はワンシーンでの長丁場となって、先の読めない展開にスクリーンに釘付けになった。
不条理さがこの冒頭のメインテーマとなっていて、エドワードがあくまで傍観者となるシチュエーション、そのジェイクギレンホールの演技が『複製された男』を思わせた。
その点、エドワードに代わりにレイの存在感がすごかった。アーロンテイラージョンソンの演技力には開いた口が塞がらない。快楽のみを求めるクズだが、巧みな言い回しで相手に恐怖を植え付ける姿が丁寧すぎるほどに描かれている。まさに“魅力的な悪役”だった。
また、小説内でのもう一人の重要人物が警官であるボビー。ボビーを演じたマイケルシャノンはマンオブスティールでのゾッド将軍役で有名だが、今作ではレイと対照的に描かれる正義の味方的な立ち位置である。エドワードも我々観客もボビーという人物がいるだけで心強さを得る。物語が進んでいくとボビーの人間性も明らかになるのだが、彼はこの憎悪に満ちた物語に差し込む一筋の光、救いとなる。
劇中小説はこの絶妙なバランスがなんとも美しいのだ。芸術的な作品になっている。
そしてこの小説を読み進めていくにつれ、スーザンは蘇る過去の記憶、そして日常が小説によって歪んでいく。その映像化というのがまさにアートのような完全なものとなっており、すんなりと世界観に入り込めたのはトムフォードの手腕だろう。彼はシングルマンから約7年の間をあけた二作目となっているがシングルマンで魅せた心情描写とはまた違ったタイプの演出で我々を魅了させた。トムフォードの監督としての実力には圧巻。
ーーーーーー以下ネタバレーーーーーー
●マイケルシャノン演じるボビーは肺ガンであることを途中で打ち明け、どこまで正義の遂行をする?とエドワードに問う。ボビーには先がなく、どうしようのもない絶望を受け入れるとともに最期をエドワードに託したい。せめてもの救いを求めている。これって…エドワードの心情そのものではないか?エドワードはスーザンに裏切られる。2度も酷い裏切りを受ける。エドワードはスーザンから裏切られ、どのように感じたのか。ノクターナルアニマルズの文中でボビーの心情の情報がエドワードなどと比べ少ないのはエドワードからスーザンへの問いではないか。あの時、どのように思ったのかという。ボビーは極悪なレイたちをのさばらせてはおかないと憤慨する。しかし、肺ガンを打ち明ける時は怒りというよりは絶望の方が強いようにみえる。想像の余地をスーザンと観客に与えている。