「どうしても乗り越えられない感情は、乗り越えることができるのか」マンチェスター・バイ・ザ・シー 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
どうしても乗り越えられない感情は、乗り越えることができるのか
予告編にあった「・・すべてを置いてきたこの町で、また歩き始める」のナレーションのせいでミスリードされた。全然、その悲劇で負った心の傷が癒えてなんていなかった。リーは、かつて住んできたこの町で新たに歩き始めることなんてできやしない。悲劇のあと、どれほど自分を責め、夫婦に修復不可の溝ができ、失意のままこの町を離れたのか。過去を語らないリーの悲し気な表情が、それを痛々しく物語っていた。
凡長に思えた進行も、むしろ効果的だった。リーを見る周りの目、甥っ子とのすれ違い、、、それらを気に留めない振りをしていながらも溜まっていく感情が、実は積もりゆく枯葉のように、塞ぎこんでいく心理描写となっていた。目に見えないそれらの感情に覆われたリーの心が、とうとう窮屈に思えたときに発した『乗り越えられないんだ』のセリフに、どっと涙がこぼれた。
結局、すべてがうまく行き着く結末ではなかった。なのに、心に残る。プロデューサーのマット・デイモンは『ハッピアー・エンディング(最初よりはハッピーになっているエンディング)』といっている。ああそこなのだ、そんなハッピーな人生なんてそこら中に転がっているわけじゃない。失敗してしまったけれど、あの時より今はいくらかましになってきたよ、っていう僅かな光明に気持ちが揺すられるのだ。
マンチェスター・バイ・ザ・シー。実にロマンチックな町の名だ。wikiによるとどうやら人口5000人強の小さな田舎町らしい。正直、見終えるまでイギリスのマンチェスターと混同していた。マンチェスターなのになぜ海が出てくるんだ?、と。そのわりにはアメリカの都市名ばかり出てくるし、スポーツがアメリカ的だし、Championのトレーナーばかり着ているし、アメリカ国旗が多いしと感じ、途中でイギリスではなく、アメリカのボストンからやや離れた町だとは気づいていたが。あまりにも不覚。こんな町じゃ、ほとんどがリーの過去を知っているだろうし、思い出が至る所にこびりついている。だいいち、前妻としょっちゅう顔をあわせてしまう。乗り越えたくても、無理だよなあ。せめて、リーの感情が穏やかになってくれたことが救いだった。