「16歳の虚勢を張ったひ弱な魂に涙」マンチェスター・バイ・ザ・シー DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
16歳の虚勢を張ったひ弱な魂に涙
映画が始まって、いつになってもベン アフレックが出てこないので不思議に思っていたら、この映画ベンの弟のケイシー アフレックが主役だった。失礼しました。ケイシーさん、アカデミー主演男優賞受賞おめでとう。
ケネス ロナーガン監督がマット デイモンと共同で制作を開始、資金調達をして、主役をマット デイモンでなく親しい友人の 顔の良い方のベンではなく、弟ケイシーが勤めることになった。アフレック兄弟とマット デイモンは近所で生まれて育ち、ベンはマットとは高校まで同級生同士だったそうで、子供の時から一緒にフイルムを回して映画製作をしていたという。
この映画は、2016年 サンダンス映画祭で初めて上映された。2017年、ゴールデン グローブ賞で、主演のケイシー アフレックは主演男優賞を受賞し、また、アカデミー賞でも彼は、主演男優賞を獲得した。
主役の元の妻の役を演じたミッシェル ウィリアムズも、ゴールデン グローブ賞とアカデミー賞で助演女優賞にノミネイトされた。2時間40分の長い映画のなかで、彼女が出てくるシーンは、ほんのわずかだが、彼女の登場のインパクトがすごい。彼女が叫び、むせび泣き、声を押し殺してなくシーンに、この映画の価値が すべてかかっているように思える。良い役者とは、こういう存在を言うのか。
実生活でヒース ロジャーの妻だった。彼女はオージー俳優のヒースがたった28歳で亡くなって、残された娘を育ててきたため、少しの間映画から遠ざかっていた。ヒース レジャーは「バットマン」ダークナイトのジョ-カー役を渾身の演技で演じた後、火が燃え尽きたように亡くなってしまった。娘の顔がヒースにそっくりだ。役者の中で、ヒース レジャーのことが一番好きだったから、この娘の顔を雑誌などで見かけると、胸が痛む。
ストーリーは
リー チャンドラーはボストンで一人暮らしをしている中年男。不愛想で、皮肉屋で、社交性がなく酔うと喧嘩ばかりしているトラブルメーカーだ。便利屋として、壊れた水道管やボイラー修理や清掃業をして、かつかつに生活をしている。友達一人いない、しけた奴だ。
ある日、電話で、たった一人の兄、ジョーが心臓発作で緊急入院したという知らせが入る。リーは、兄に会いに、生まれ故郷のマサチューセッツに向かう。故郷の街マンチェスターの海辺は、リーが生まれ育ち、昔、住んでいた街だ。昔と全く変わりない。
しかし、リーが病院に着いたとたん、知らされたのは兄の死だった。兄の一人息子、16歳のパトリックは、孤児になってしまった。兄はずっと昔にアルコール中毒の妻と離婚している。マンチェスターに着いて、リーの最初の仕事は、兄の息子、パトリックに父親の死を知らせることだった。パトリックは昔、子供の頃は、リー叔父さんが大好きで、仲が良かった。リーは、パトリックがアイスホッケーの練習をしているアイスリンクに行って、父親の死を伝える。
冬の間は雪で土が硬く凍っているので、墓地に遺体を埋葬することができないという。埋葬ができるようになるまで数か月の間、葬式もできない。リーは、葬儀が終わるまでボストンに帰ることができない。弁護士は、リーが自分が知らない間に、兄の遺言で、パトリックが大人になるまで親権者として財産管理をし、パトリックの親代わりになることを指定している、と知らされる。兄の遺言にも、弁護士の言葉にも納得できないまま、リーは、しばらく兄の家でパトリックの世話をすることになる。
パトリックはもう、体がリーよりも大きくなって、立派な大人に見えるが、法律では16歳では車の運転が出来ないし、一人で学校に行き来することも許されていない。まず学校に送り迎えができる大人が居て、家で一緒に暮らす保護者がなくてなならなかった。
パトリックは高校でアイスホッケーのリーダーで、人気があり、ロックバンドでギターを弾き、2人のガールフレンドを持つ活発な高校生だった。リーは、パトリックのために学校の送り迎えをして、ロックバンドの仲間の家に送り届け、彼のガールフレンド宅に行き来するためにも運転してやらなければならなかった。社交的で忙しいパトリックの仲間と、付き合おうともせず、ガールフレンドの家族とも誘われても口をきこうともしないリーの態度に、パトリックは不満を募らせる。パトリックが幼い時、リー叔父さんは近所に住んでいて、頼りになる優しい叔父さんだった。、父親の次に好きだった。一緒に父のボートで釣りに行き、沢山のことを教えてくれた。その叔父さんが、すっかり人が変わってしまって、一体どうしたというのか。何が起きたのか。
リーは昔 妻のランデイと3人の子供たちと共に、兄のジョーと家族と近くに住んでいた。ジョーの息子パトリックとリーの3人の子供達は、仲が良く、にぎやかで愉快な生活をしていた。
ある冬の夜、寒い家全体を温めようとリーは火を起こし、ちょっと近所のミニマートに食糧を買いに出た。帰って来た時に見たものは、家が猛火におおわれて、狂ったように子供たちの名前を呼びながら燃える家に飛び込もうとしている妻の姿だった。家はあっという間に燃え落ちて、妻は2酸化炭素中毒で病院に運ばれる。燃え尽きた灰の中から、二階で寝ていた子供達の遺体が回収される。リーは警察に連行され、火災の原因が、暖炉に防護柵を付けずに外出した彼のせいだったと知らされる。ほんのちょっとの気のゆるみ、わずかの時間に買い物に出たことで、3人の子供達の命が奪われた。リーは警官から銃を奪い、自殺を試みるが失敗。このときから妻のランデイとは口をきくことも会うこともなかった。リーは一人きり故郷を離れた。
ジョーが亡くなって、その息子パトリックの後見人になって故郷に戻って来たリーに、人々は厳しい目を注ぐ。3人の子供達の死を、誰も忘れてはいないのだ。再びそこに住まなければならなくなって、リーが仕事を探そうとしても人々は冷たく、職を提供しようとしない。もう社交的なパトリックに、昔の様な頼りになる叔父さんの役は演じられない。離婚したランデイは新しい連れ合いを持ち妊娠中だ。あの事故以来、会うことがなかったランデイとリーは街で偶然顔を合わせる。二人にとって、過去の事故のことは、傷が大きすぎて、いまだに言葉にならない。
リーは弁護士と話し合って、自分の代わりに友人夫婦にパトリックの後見人になってもらえるように頼み込んで、マンチェスターを去る。
というお話。
男の子が一人前の男として生きるためのロールモデルになる頼もしくて愛情に満ちた父親を失うことの大きさ。父の死を知らされてから、一度として泣かなかったパトリックが、父の死後しばらくして、冷蔵庫を開けると凍った肉や食品が滑り落ちてくる。屈んであわてて落ちた物を拾って、冷凍庫に入れようとして、開けたままになっていたドアに頭をぶつける。冷凍庫の中のものは、安定を失ってどんどん滑り落ちて来て、拾っても拾っても落ちてくる。ぶつけた頭は痛いし、もう棚から落ちてくる冷凍品は元に戻せなくなって、収集がつかない。そこでパトリックが声を出して大声で泣きだす。ものすごく共感できる場面だ。冷凍庫で同じような体験を誰でも一度くらいしたはずだ。我慢していた涙が堰をきったように爆発する。
子供の時に母親が居なくなり、父親にまで死なれた16歳の少年の姿は、みかけは大人だが頼りない。彼は、「虚勢を張った大きな子供」であり、社交性のないリーに比べれば、「立派な大人」だが、、心の拠り所を失った「ひ弱な魂」でもある。
3人の子供を過失から失って、心の「十字架を背負って」生きる孤独な父親と、たった一人の保護者を失った「ひ弱なみなしご」が、淡々と、離れ離れになって、生きていく。
哀しい、哀しい映画だ。マンチェスターの海の美しい光景が、ことさら残酷に見える。