ラビング 愛という名前のふたりのレビュー・感想・評価
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無名でいたかった人たち
史実のラビング夫妻は知らない。一連の出来事もこの映画で知った。ハッキリしているのは、本作のラビング夫妻は、一緒に暮らすことを許されていれば満足だったはずで、人種差別に反対する気持ちも積極的には持ち合わせていなかった。
異人種間の婚姻の権利を求める裁判も、ラビング夫妻にすれば巻き込まれたようなもの。矢面に立つことも世間の注目を集めることも望まない2人が、次第にそれでは済まない問題なのだと自覚するようになっていく。
かといってジェフ・ニコルズ監督は、社会に立ち向かったヒーローの映画にはしなかった。夫は最後まで無名でいることを望み(そんなことは不可能だが)妻は夫に従って最高裁にも姿を現わさない。
夫婦ですから、と言う妻の真意はわからないが、決して進歩的とはいえない夫婦像を持つふたりが価値観を変えないまま歴史を変える。それでいて、二人には自分たちの功績がわかっていると伝わるラストが実にいい。
こう言った法律がジム・クロウ法(形の上で)が廃止になったあと(19...
こう言った法律がジム・クロウ法(形の上で)が廃止になったあと(1964年)もあったのは知らなかった。しかし、まだ、あるはずだよ。何しろ、アメリカ合州国だからね。
カナダには壁がないのに、メキシコにはある。
どうなんですかね。
50州もあるから、絶対にこう言う法律はあるよ。
まぁ、内政干渉になるから関係ないけど。
この映画と性的なマイノリティーの権利と関連付けようとする方がいらっしゃるが、基本的に全く違うと僕は思う。つまり、邦題が間違いを増長させているが、異人種間であっても、この2人の場合は子供が出来るのだ。つまり、二人だけの愛の行方の問題だけでは済まないのだ。その点を考慮すべきと思うが。映画の中でも少しふれられる。このバージニア州は混血児が増える事を問題視しているのだからね。
だから、ジム・クロウ法が廃止されたあとも、こう言った理不尽な法律が残ったと思われる。愛は『どんな形であっても認める事(例外はある幼◯性愛、近親◯配)』は当たり前だが、男と女の愛なんて言うものは、少なくとも太古のお猿さんより前の時代から当たり前の愛なんですからね。
それを認めないなんて考える事は、『猿にも劣る』考えと僕は思うが。
つまり、ナチズム以外なにものでもない。
追記
製作者がオーストラリアと分かり追記する。
オーストラリアの白豪主義が正式に廃止されたのは1977年である。
いつまでも一緒。
実話というのでラビング夫妻の記事を探して少し勉強した。
名前からして「愛」とはすごい偶然と思いながらも、映画
で描かれた物語に登場する夫妻も本当に自然体、やれ国を
動かそうだの世界を変えようだのそういう類の運動家では
なく、ただ家族揃って地元で暮らしたいというだけだった。
当時の法律は当たり前の結婚生活さえ許さなかったのかと
だったらずっとワシントンで暮らしたほうが安全じゃない
かと思う第三者側のアドバイスなど、早く故郷へ帰りたい
妻に届くはずもない。不器用で寡黙な夫があれこれ尽力は
するのだが、バレるかバレないかの瀬戸際でドキドキする。
要領よく生きられない姿が却って好感触のエドガートンの
表情が堪らない。愛する彼女が妊娠したので結婚しました、
誰に迷惑かけているわけでもないのにどうしてダメなの?
全くその通りだよねぇと肩を叩きたくなる。やがて彼らの
訴えが人も法律も動かすのだったが、それより彼をもっと
長生きさせてあげたかったなぁ…あの家で。家族揃って。。
(写真に映る彼らが映像の彼らと瓜二つで仲睦まじかった)
リチャードがいい男だった。
リチャードがいい男でした。
ミルドレッドが辛そうにしているとか、落ち込んでるとかそういうことをよく観察し、その気持ちに沿おうとするところが、とてもよかったです。裁判をすることはリチャードとしては望んでいなかったけれど、ミルドレッドの望みを通したわけです。
こういう風に愛せるって、いいなと思いました。
本来リチャードは好きなタイプではないんです。口が重い人が苦手だし、サプライズ嫌いだし(すみませんすみません…)。
でも、どんな境遇でも黙々と働き、ミルドレッドが大好きで大切で心配で、というリチャードがすっごく素敵な男性に思えました。
密告者が誰だったのかということを、この映画では扱いませんでした。
私はまさかリチャードのお母さんだったらいやだよ、つらすぎると思っていましたが、そっち方面に話が広がらなかったので、安心しました。
助産師のお母さん素敵でした。ミルドレッドとの関係が良さそうで、お互いが役割でなく個人として付き合おうとする人だったら嫁姑問題なんて関係ないよねって思いました。
ミルドレッドの膝に頭を乗せてテレビを見るリチャードの幸せそうな事。
あの写真は本当にいいですね。
何処かにはある愛ってやつだなと思って見ていました。
異人種ってどういうことなんでしょうか。
異人種間結婚の何がダメなのでしょうか。
犬と猫の違いでしょうか。
それともマンチカンとラグドールの違いでしょうか。
犬と猫が交配したとして、それが悪だと決める権利をもつものがあるのでしょうか。
私はあるとは思えません。
人間と犬と猫は同列に語ってはいけない?そうでしょうか。
そんなことをずっと考えています。
愛を信じられない派なのですが、あるところにはあるかもって時々思いたくて、そんな気持ちにぴったりな映画でした。
あ、ミルドレッドのお姉さん役の方が、ジェニファーハドソンにめっちゃ似てるなって思ってました!
少々画一的だが、法に打ち勝った尊い愛の映画
白人男性と黒人女性の結婚。人種差別がアメリカという多民族国家において、やはり根強く残っていることを感じさせられる物語。特に閉鎖的で保守的な田舎町においては、異人種間の結婚ということが1950年代という時代(そしてそれは決して遠い過去ではない)に、このような捉え方をされて、扱われ方をしたのか、と暫し唖然とするが、なるほど、当時の州法では禁止された結婚。そういった法や制度を動かすきっかけを作った、たった一つの夫婦の物語。
結果的には歴史を変えることになる二人だけれども、当人たちが強い意志を以て歴史を変えた、というのとは少し異なり、当人たちはただお互いを慈しみ合い愛を貫いただけで、歴史や世間を変えようとしたわけではなく、ただ歴史や世間がそれに反応し変化した、という趣がある、こういう描き方は好きだと思った。
個人的に、ルース・ネッガのエキゾチックな美貌にすっかり見惚れた。現在、第一線で活躍する如何なる女優達とも違う存在感のある容姿と妖しさ。映画の中でも無言でスクリーンに映っているだけでも、そして愛する夫を見つめているだけで、何か此方に感じさせるような目をしていて、なんか素敵だった。武骨で素朴で寡黙で男らしいジョエル・エドガートンとの相性も良かったし。
ただなんとなく、終盤に入って二人が取材を受けたりといったメディアとかかわりを持っていく展開や、裁判に臨む姿というのが描かれるようになって、まぁそれが重要なエピソードなのは重々理解してはいるものの、なんだか二人の純粋な愛の物語に俗っぽさが加わるような印象で、あまり快い感覚ではなかった。作り手もやはり映画が法廷劇のようになってしまうのを避けてか、裁判のシーンはあえて描かないやり方を取っていて、確かに愛を裁判で問うのは何か違うと思うので、裁判シーンが省かれていたのは賢明な気がする。しかしその一方で、話が進めば進むほど、次第に「やっぱり裁判のシーンも必要だったのではないか?」と思い始めてきた。彼らが法や制度と闘っている様子は、やはり裁判に顕著だったはずだと感じるからだ。映画が二人の「愛」に焦点を絞っていて、そこに好感を抱きながらも、その分、彼らの戦いがいかに進展しいかに挫け、いかに人々に影響し、人々が彼ら夫婦にどんな影響を与えたか、などが見えにくく感じたのは勿体なかったかもしれない。
それともう一つ気になるのは、この映画の人種差別に対する正義感と愛の尊さに関しての捉え方や表現方法が若干ステレオタイプに思えたこと。同年公開の「ムーンライト」が人種やセクシュアリティなどのシリアスなテーマを詩的ながらも先進的に捉えて鋭く表現していたのを思うと、この映画は聊か画一的な表現に見え、それによって伝わるものが非常に分かりやすい「差別はだめ」「愛は尊い」「旧い慣習はよくない」というこれまた画一的なメッセージに留まって見えたのは惜しい気がした。
もう少し短くて良いかな?
夫役の俳優さんが真実味が増しました。
本当にあのような背格好と口調なのかな?
結末が分かっている映画だからとは思いますが
少し中弛みする感じでした。
もう少し短くしたほうが観やすいと思いました。
理不尽な時代があったのだなと痛感する映画でした。
グッと来ました。
たまたま、時間が空いたから観たのですが、素晴らしい映画でした。実話なんですね。
いつ間にか、涙が出てました。
寡黙なリチャードの一言一言がとても心に響く。
周りに何を言われても妻のことを考えていて、余計なことは言わず、流されない。
「俺が必ず守る」「絶対に守る」と言う台詞は本当に感動しました。
二人が深い絆で結ばれてるのは伝わってきたけど、小さい頃からの幼馴染と言う関係はわからなかったな。
そんなことどうでもいいくら、本当に素晴らしかった。正直、LaLalandより、良かった。
物語に起伏が無い
歴史を取ってみても理不尽な事柄が多いアメリカ大国の州ごとに違う法律や特に保守的な考え方の南部。
歴史上、黒人が歩んできた道程は過酷極まりなく数々の映画でテーマにされてきた。
異人種の間では結婚は許されない混血の子供で溢れかえるのは良しとしない硬い考えのバージニア州。
それでも愛の為に奔走するカップルが家庭を築き国の理不尽な体制に立ち向かう。
ラビング夫妻は危ないのを理解しながら隠れてでも地元での生活を望みバレないように住む生活を選択する。
それによって奥さんがつまり黒人側に対する州の体裁に家族にも迷惑を掛けとても家庭を築いて行くにはリスクが・・・・。
ラビングは寡黙で優しい父親だが無謀な行動を取り現状維持での生活に黙々と働き、今の現実を変える態度はあまり感じられないし、奥さんは地元に帰りたい気持ちがありながら基本的には現状維持で、切っ掛けが出来てから行動を取り始める。
理不尽な事柄に挑んで行く葛藤や感情も希薄に淡々と物語が進んで行くので観ている側の消化不良も否めない。
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