「当時のファンタジー」打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? R41さんの映画レビュー(感想・評価)
当時のファンタジー
20017年の作品だが1993年から地上波で流れていたようだ。
当時の世界観とファンタジーに寄せた人の想いを感じることができる。
打ち上げ花火が丸いのか平たいのか?
高校生たちのそんな他愛もない論争
この作品のタイトル
それはモチーフであり、もし打ち上げ花火が丸い場合そんな世界があって、もし平べったければまたその世界があるということを言いたかったのだろうか。
舞台となる町の名 茂下町
「もしも」の世界を描いた作品。
それを強調したかったのか、時折挟み込まれるあの不思議な玉のフィラメントに隠し文字で「if」が確認できる。
「もしも」 この言葉こそこの作品のテーマ 当時のファンタジー感だったのだろう。
さて、
このファンタジーにはファンタジーになった理由が忍ばせてあった。
ナズナの父の死と彼が握っていた玉
おそらくこれがテトラの先でナズナが拾い上げたものだろう。
彼女は母が先生に描いた「転校」の意思表示の手紙を持っている。
生まれ育ったこの場所を離れるというのは、彼女にとっては苦渋のことなのだろう。
自暴自棄に近い状況にまで追いやられている。
父の死因は水死だろうが、原因は不明
しかし、あの玉は父の残りの命だったのではないだろうか?
死と引き換えに、ささやかな贈り物を娘に残したのだろう。
それが選択をチェンジできる奇跡となるのがこの物語。
そして、
面白いのが彼ら高校生の気持ち
本心がどこにあるのかわからないのもまた若者の特徴かもしれない。
ユウスケはヒロミチがナズナのことを好きなのを知っていたのだろう。
本来の出来事は、水泳の競争でユウスケが勝った。
勝者と夏祭りに出掛けると、ナズナは決めていたのだろう。
ところがユウスケは約束をすっぽかした。
ヒロミチに悪いと思ったからだろう。
ナズナの「好きだから誘った」は、掛けに負けたことと同義で、大人しく引っ越しに従わなければならないことになる運命を受け入れることになったのだろう。
彼女はそれでもキャリーケースを抱え浴衣姿で現れた。
一縷の望みを何かに託していたのだろう。
そしてユウスケは現れないことで、ささやかな期待も失せた。はずだった。
そこに登場したのがヒロミチ
「もし、島田君を誘ったらどうした?」
この「もしも」がこの作品で非常い強い意思を表現している。
両親に連れ戻されるナズナ 無力なノリミチ ユウスケの心ない言葉に激高して喧嘩する。
このやり場のない怒りを玉に込めるように投げつけたことでもう一つの選択肢 そこまで遡ってしまう。
これがこの作品のファンタジー
ノリミチはその後も玉を投げて時間を遡るように他の選択肢の世界へ移動する。
さて、、
最初に起きた出来事は、水泳のターンミス。
同時に拾う綺麗な玉
結局それがなければ、たとえ競争に勝っていてもナズナとのことはうまくいかなかっただろう。
つまり、ナズナの父が彼女の運命に介入したのかもしれない。
「もしも、あの時オレが勝っていたら」 強い後悔
そして、水泳競争まで遡ってしまう現実。
「もしも、ナズナと電車に乗っていたら」
打ち上げ花火が丸い現実と平べったい現実
まるでその玉の中の世界にいるようだ。
そして酔っ払った花火師が打ち上げたその玉
破裂した玉にある様々な現実
その破片のひとつが示した未来
飛び込んだ海の中から見る現実の花火
さて、、、
二学期の始業 ノリミチはいない。
彼はどこに行ったのだろう?
誰もいない灯台そばの野原が最後に描かれている。
始業式、ノリミチは学校をさぼったのだろうか?
それとも、再びどこか別の世界へ行ったのだろうか?
ナズナは転校したので彼女の席は空いていた。
もしかしてノリミチは、たくさんのもしもを実行するために、学校をさぼったことで起きる「何か」を期待したのかもしれない。
「もしも今日学校をさぼったら」
そんな心の自由度をこの作品は伝えたかったのかもしれない。