「監督捨て身のギャグ、なわけないよね?」散歩する侵略者 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)
監督捨て身のギャグ、なわけないよね?
原作は「イキウメ」なる劇団の人気舞台らしい。
黒沢清監督作品を観るのは『アカルイミライ』『LOFT ロフト』『クリーピー 偽りの隣人』『ダゲレオタイプの女』に続いて5作品目になる。
この監督の作品からよく日常に潜む不気味さを感じるなどと耳にしたり目にしたりするが、筆者は全く感じたことがない。
むしろ常に何か不気味なシーンでも笑ってしまう。
『アカルイミライ』のラストのクラゲが大量に浮かぶシーンも可笑しかったし、ホラー映画が相当に苦手な筆者だが『LOFT』に怖かったイメージはなく笑った印象が残っている。
本格スリラーの『クリーピー』もそうで、香川の死に様はギャグ以外のなにものでもなかった。
『ダゲレオタイプの女』も幽霊ものだったが、キャストがフランス人だったせいかそれほど笑うことこそなかったものの背筋が凍ることもなかった。
温室で突如幽霊が出現するシーンは当然なのになぜか不自然で笑ってしまう。
なんだかこの監督は根はお茶目で実はふざけたい人なのかな?と思ったりする。
それとも映画のハイライトシーンで妙に筆者の壷にハマってしまうだけなのか?
逆に三池崇史のギャグ映画はあまり笑えない。三池はなんだか根が真面目な人のように思える。
福田雄一作品も毎回楽しく観ているが、監督の福田そのものは根は超絶冷徹な人ではないかと疑っている。
さて今回も可笑しいシーンはいくつかあった。
お笑い芸人アンジャッシュ児嶋と長谷川らが絡むシーンで児嶋が「自分は自分だよ!」と何回か怒鳴るシーンがあるが、児嶋を知っていれば持ちネタの「児嶋だよ!」といっしょに聞こえて、これわざとやってるだろ!と思えた。
恒松祐里扮する宇宙人が車を停めようとして前に飛び出してはねられるシーンがあるのだが、空中においてがに股で2回転ぐらいして地面に叩き付けられる。(ほんとは違うかもしれないがイメージ的にこれ!)
せっかくのCG合成なのに、ギャグアニメよろしく死に際に渾身の綺麗なボケをかましてくれる。
銃撃戦や格闘シーンも基本監督があまり好きではないのか動きにぎこちなさを感じ、妙に可笑しい。
死んだ宇宙人から本体の転移した長谷川が火力に圧倒的な違いのある無人ドローン機にマシンガン1丁で挑むシーンがあるが、お前は地球人から何を学んできたのかとツッコミを入れたくなる。
また一度爆撃で吹っ飛ばされて足を引きずるシーンのあまりの演技演技したわざとらしさに笑ってしまう。
ドローンからとどめを刺されるシーンでもまた足を上に逆さになって飛んでいく。絶対わざとだ!
『LOFT』でも湖から逆さに下半身だけ出ているシーンがあったような…『犬神家の一族』へのオマージュだろうが、唐突に出て来ると単なるギャグだ。
黒沢は何か逆さになるのが好きなのかな?
俳優たちが真剣に演じているだけに余計に笑えてしまう。
黒沢の演出は邦画特有のウェットな方法を用いないからなのかもしれないが、いやそれにしてもわざとだろ!
本作を観ていて自衛隊が街中で展開するシーンや長谷川が通行人に演説するシーンなどにおいて平和を捨てようとする日本への静かな抗議を感じたのだが、原作者が平和ボケした日本の日常を戯画的に表現したかったと全く逆のことを言っているのを知って驚いた。
ハリウッドも日本も含めて割と世界中の映画界はリベラルや左翼寄りだと思うが、冷戦構造が崩壊して後はただ一途に軍隊を否定して憲法九条を信奉する特に日本において論理矛盾と自家撞着を起こしている感がある。
白黒映画時期の新藤兼人作品には鬼気迫る説得力と迫力が確実に存在しているが、晩年の作品は空回りしていて痛々しかった。
本作に関しては筆者が勝手に勘違いしているだけかもしれないが、最近の平和を謳う映画は巨匠が創ろうがそうでなかろうが関係なく全て表面的に感じる。
時代の流れは残酷ということなのか。
筆者は舞台演劇にあまり縁がない。無名演劇集団に所属する知り合いの舞台に数回ほど足を運んだことがありそれ以外だとオペラと文楽、能、狂言を多少観に行った程度である。
しかし本作の原作となる侵略してきた宇宙人が地球人を学ぶために概念を奪い、奪われた側の人間からはその概念が抜け落ちてしまうという設定はかなり秀逸だ。
宇宙人が愛の概念を奪って侵略が止む展開と奪われた概念がいずれ回復する設定はいささか安易で読めてしまうが、小さい日常で地球侵略が起きている設定も面白い。
舞台を映画化した作品もたくさんあるので、絶えず新しい試みに挑戦しているのが舞台演劇なのかもしれないと感じられた。
また本作の出演俳優を見てあっちでもこっちでも見る顔ぶれが多いことに気付く。
日本の俳優の層の薄さに少し寂しくなる。
もっともこれは観客も含めた映画界全体で新しい俳優を育てていない現れかもしれない。