「日本の映画業界よ、これが映画だ。」アウトレイジ 最終章 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)
日本の映画業界よ、これが映画だ。
『アウトレイジ』シリーズの第3作になる。
筆者が北野武監督作品を初めて観たのは、大学生の時に映画館で観た『菊次郎の夏』である。
当時は黒澤明作品全30作を全て観てゴリゴリの黒澤教徒になったばかりだったので、ケッ、お笑い芸人の映画なんて観れるか!などと思っていたが、まあ、コメディ映画なら観てやるか、と大層威丈高な態度で映画を観たわけである。
へぇ〜、案外面白いなとは思ったものの、真面目なのは絶対観ないし評価しないぞ!などと妙に意固地になっていたものである。
その後、北京留学中に多チャンネルでしょっちゅう日本映画を放映していたので、暇つぶしにたまたま『あの夏、いちばん静かな海。』を観てみた。
正直ビックリした。
1つ1つのシーンや画角が緻密に計算され、それによって生み出される圧倒的な映像の美しさに胸打たれてしまった。
また当時の日本映画にはありきたりな展開のお涙頂戴的な作品しかない印象を持っていたが、下手な感傷を一切排除した演出にも唸ってしまった。
そして同じチャンネルで『HANA-BI』も観て、北野演出の妙技にほれ入ってしまった。
また日本では未公開だったハリウッド作品『BROTHER』も北京留学中にVideoCD(VCD)で観た。
そのVCDは日本円で100円ぐらいで手に入ったが、もちろん違法な闇商品である。というより当時北京で正規のVCDを買う方が難しかった。まあ、そんな状況だったと思ってもらいたい。(今も似たようなものかもしれないが)
北野作品の良さを北京で実感したのは、今振り返れば大いに恥ずかしい話である。
その後、帰国してからは北野作品は欠かさず映画館で観ているし、今では『3-4X10月』『みんな〜やってるか!』『キッズ・リターン』以外は全て観ている。
上記3作品もいずれは観るつもりである。
因みに黒澤明は初監督作品の『その男、凶暴につき』から北野を評価し「才能あると思ったね。才能のある人の最初の方の作品は色々とやってみたいことがあって、まとまりなく見えるんだけどね、力があってほとばしり出る物が有るからなんだよ」とも発言している。
北野は生前の黒澤から芸名の「ビートくん」と呼ばれ、映画衣裳デザイナーの長女・黒澤和子も親しみを込めて「ビートさん」と呼んでいる。
そんな北野も映画を創る前に必ず黒澤の墓にお参りするという。微笑ましい小話である。
さて作品についてだが、いい加減あきたのか北野扮する主役の大友が自殺することでこのシリーズに幕を下ろした。
そして何よりもこれだけ豪華な役者が芸達者な演技を披露すると、それだけで観ていて楽しい。
津田寛治や原田泰造はさっさと死ぬようなほぼチョイ役だし、ジャッキー・チェン作品の『レイルロード・タイガー』など漢族系映画で悪どい日本人などの重要な敵役を演じるようになった池内博之も、北野作品では結構あっさり死んでしまう。
大杉漣も情けない役だし、松重豊も今回は殆ど出番がない。名高達男も光石研も岸部一徳も同じだ。
北野作品ということもあるのだろうが、他の作品なら主役や重要な役柄を演じてもおかしくない俳優たちが悲惨な役やチョイ役をやってくれる。
さらに本作はあえて風俗嬢やキャバクラ嬢以外でほとんど女性を登場させない男臭い映画であるのも特色だ。
金と権力のために縄張り争いをする残酷でアホな男たちの哀れさを強調させる狙いがあるのかもしれない。
また昔の北野作品は乾いた演出が特色だったが、本作からはあまりその印象を受けない。
これは私見になるが、乾いた演出は北野自身も含めた演技力のあまりない役者を活かす側面があったのではないだろうか?
出演者全員が言葉少なく変に間を持たせずに演技させれば下手さは目立たない。
しかし本作のようにこれだけ真の役者が揃えばそんな乾いた演出をする必要がない。
人を殺すところだけは相変わらずいきなり殺しているのでそこは常にぶれていない。そもそもハリウッドでも日本でも見る、妙に敵に殺す間を持たせて主人公が逆転する演出などご都合主義もいいところである。
本作はラストで主人公が自殺するということで『ソナチネ』に似ていると言われるらしいが、筆者は本作から『ソナチネ』のような乾いた演出を全く感じなかったので似ているとは思わない。
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』で好々爺を演じていた西田敏行が、本作ではまるで正反対の凄みのある非道な悪党を演じているのを見て、上手い役者はやっぱり違うなぁ〜と感嘆せずにはいられない。
しかも毎回アドリブを挟むらしくピエール瀧などは関西弁で返さなければいけないことに困っていたようだ。
ただ病気明けの塩見三省がどうしても前作のドスの効いた演技には及ばず、痩せた体が弱々しく、演技も大人しいものであった。
それは致し方はないかもしれないが、少々残念であった。
このシリーズでは毎回エグい殺し方が思い出されるが、大杉漣を地中に埋めて知らずに走ってきた車に首から上をはねさせるシーンもピエール瀧の口に爆薬を挟んで殺すシーンも最後までは見せていない。
やはり第1作において椎名桔平が演じた水野の殺されるシーン以上の衝撃はないものの、毎回面白い殺し方をよく考えるものだと感心する。
北野は普段から面白い殺し方を思いつくとメモなどに書き留めているらしい。
効果音にも相当こだわっているようで、銃声は本物を録音する際にアタック音や残響音など音程ごとに分けて何種類も録音し、それらを何重にも重ねて作っているという。
効果音のこだわりに比べ、過剰に音楽で盛り上げる演出を嫌うのもいつもの北野作品らしい。
アベンジャーズの宣伝文句の「日本よ、これが映画だ。」ではないが、本作を観て筆者は「日本の映画業界よ、これが映画だ。」と言いたい。
演技のできる俳優を集めれば作品は絶対に面白くなる。
北野はインタビューに答えて『龍三と七人の子分たち』の続編を創る構想があり、「早くしないと出演者の身が持たないから」と述べている。
本当のところは不明だが、いずれにしろ次回作も楽しみに待ちたい。