「若い頃の竹中直人激似のアドリブに、アダム・ドライバーがマジ笑い」パターソン 今日は休館日さんの映画レビュー(感想・評価)
若い頃の竹中直人激似のアドリブに、アダム・ドライバーがマジ笑い
ありふれた日常の幸せ?
変わらない日々の愛おしさ?
はて。この映画そんなこと言ってるだろうか?
みんな色々と悩み苦しみ、それでもなんとかトータルで見ればまぁトントンくらい。人生うまくいかないけど、まぁギリ何とかなったりするよね。我慢我慢。
そう受け止めたのは、私の陰気がすぎるのかしら?
主人公の悩みは主に家庭にある。
美人だし好きなんだけど、働かないし、家は変な色に塗るし、カップケーキでビジネスとか、ギター練習してカントリー歌手とか、wannabeなことばっかり言ってる妻(日本で言うところの、いい歳こいてバンドマン的キャラ)。晩御飯のパイも美味しくないし、映画の趣味も合わないし。
特に、主人公が描いてる詩を「もっとみんなに見せるべき」とか余計なこと言ってくるデリカシーのなさ、無理にねだってきたギターを「あなたからのプレゼント」と言う厚かましさ(しかも手始めに聞かせられるのが、線路で毎日働く人の歌!人の金で買ったギターで!働いてない嫁が!無自覚に!)。このあたり、主人公がかなりストレスを感じている表現がなされていたけど、どの批評もあんまり触れてないですよね。謎。
主人公が露骨に落ち込んでる時に「私、出て行った方がいい?」だって。そんなこと言われたら、「いいよ、ちょっと散歩行ってくる」と主人公は言うしかないですよね。その辺りの主人公の性格踏まえてナチュラルにかましてますよね。あの嫁。
会話に女の影が少しでもちらついたら「女?」と顔をしかめるメンヘラ成分もしっかり配合。まぁ主人公が好きならいいですけど、あの嫁、かなり痛いですし、映画上でもそう表現されてます。
直しても直しても倒れる郵便受けみたいに、主人公にとって家は基本我慢の場所。対して主人公の平穏は家の外にある。
仕事の愚痴も趣味の話も、相手をしてくれるのはバーのマスター(バーで過ごしている時の主人公の笑顔の、なんと伸びやかなこと!)。仕事場の同僚は、何だか自分より家庭とか色々大変そうだし、話を聞いてると自分はまだマシかな、と思えてくる。
仕事中も客の会話に耳を立てれば、アナーキストを気取ってる厨二の大学生とか、モテマウントを取り合ってる童貞男子とか。「どいつもこいつもしょうもないなー。アホやなー」と耳をそばたてて笑う主人公。詩人少女(わかってる感を醸す嫁と詩の話をするより全然楽しい)とかランドリーラッパーとか、犬絡みヤンキーとか、まぁ外を歩いてると珍妙な出会いもあるしね。嫁は弁当に美味しくないカップケーキ入れてくるけど。
しっかしバスの故障と作詞ノート損失のダブルパンチは流石に凹む。嫁を我慢する気力もないので、外に出たら、初対面で意気投合した珍妙な日本人が新しい作詞ノートをくれるという、結構大きめのアゲ。これでまた何とか生きていけるわ。よかたよかた。
どの論評も「平穏な日常、変わらない日々」的な話をしていますが、私の目には何も起きないどころか、日常の悲喜劇をピックアップ+ディフォルメした、結構しっかりめのコメディに見えました。イライラしたり、笑えたり、リアクション取りやすい映画ですよ、これ。
昔に比べると随分わかりやすい表現をしているにもかかわらず、「何も起きない、平凡な日常」とか言われるジム・ジャームッシュの不憫さ。なんかジム・ジャームッシュに、ベタな「ジム・ジャームッシュっぽさ」を押し付けてません?
というわけで、結構面白かったです。映画館以外の鑑賞のレビューは書かないのですが、色々見てたら、どの論評も随分な的外れに見えたので思わず書いてしまいました。
でもまぁいろんな論評を見れば見るほど、私の勘違いなんでしょうね。この映画は多分、ありふれた日々の幸せや変わらない日常の愛おしさ、を詩的に描いているのでしょう。きっと。