劇場公開日 2017年6月3日

  • 予告編を見る

「自分があの少年ならいたたまれないが…」20センチュリー・ウーマン 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5自分があの少年ならいたたまれないが…

2017年10月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

監督のマイク・ミルズの自伝的な作品らしい。
タイトル」はT・レックスの『20センチュリー・ボーイ』をもじっているのだろう。
前作の『人生はビギナーズ』も実際に75歳になった父親がゲイであることを告白したことを元にして制作されている。
詳しくは覚えていないが悪くなかったと思う。
2010年のあの頃はゲイを扱った映画はそれほど多くなかったし、作品自体も練られていて説得力があったような気がする。
本作もアネット・ベニング演じるドロシアはミルズの母親を、グレタ・ガーウィグ演じるアビーもエル・ファニング演じるジュリーもミルズの2人の姉を投影しているらしい。ミルズは個人的なお話を映画化する監督のようだ。

筆者が高校1・2年生の時、ベニング出演の『グリフターズ/詐欺師たち』『真実の瞬間(とき)』『心の旅』『バグジー』と立て続けに観た。
その後『バグジー』で共演したウォーレン・ベイティ(昔はウォーレン・ビューティと書いてあった)と結婚したことまで覚えているくらい懐かしいハリウッド女優である。

ガーウィグ出演作品は残念ながら『フランシス・ハ』を見逃してしまって『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』を観ているぐらいだが、ファニングは『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』『夜に生きる』において印象深い演技をしている。
中でも今年観たニコラス・ウィンディング・レフン監督作品の『ネオン・デーモン』では出色の演技だったと思う。
(お姉ちゃんのダコタは最近何しているんだろう?)
ウィリアム役には最近『エイリアン コヴェナント』での情けない船長役を演じたビリー・クラダップを配するなど、ジェイミー役のルーカス・ジェイド・ズマンも含めて主要キャスト5人に芸達者を揃えているのでそれだけで観る価値のある映画になっている。
本作の時代背景となる1979年当時筆者はすでに生まれているものの物心がついていないので正直よくわからない。
しかし映画を観ていて当時のアメリカではパンクが流行っていたり、ヒッピーとも違い、ごりごりのフェミニスト的な考え方とも違うこういう時代の雰囲気であったのかと勉強になった。
全然関係ないかもしれないが本作を観ていてナム・ジュン・パイクという現代アート作家のビデオ・アートを連想した。
またアビーが髪の毛を染めているのはデヴィッド・ボウイ主演の『地球に落ちてきた男』からの影響であったり、話の中に唐突に『カッコーの巣の上で』が出て来たり、ミルズに当時影響を与えた映画を知れるようで興味深い。
引用される音楽にしろ映画や本にしろジム・ジャームッシュの監督作品でも彼自身が影響を受けてきたものの遍歴が伺えるが彼のからはアカデミックに近い印象を受けるのに対して、元々はグラフィックデザイナーだからなのかミルズのものからは全体的に感覚的な印象を受ける。

筆者の知人にもかつていたが、女性に囲まれて育った男性は女性の心の機微をある程度理解できているような気がする。
実際に奥深くまで理解できているかは別にしても理解しているふりをするのがうまいとでも言おうか、そういうものを感じる。
筆者は女兄弟もおらず、中学高校と男子校で過ごしてしまったのでさっぱりその辺の機微に疎いが、本作の主要登場人物である女性3人の会話からは時折背筋をゾワっとさせるある種のいたたまれなさを感じた。
女性が監督した映画の中でしばしば感じる男の駄目さ加減をえぐるような感覚にちょっと近い。
もちろん男の監督だから当の女性からしたらまだまだわかっていないと言われるのかもしれないが、この違和感にリアルさを感じたというところだろうか。
ただしあの3人の中で過ごすのは願い下げにしたいし、ましてや深い性の話など絶対にしたくない。

本作の最後で5人のその後がそれぞれ描かれていくのだが、実際にモデルとなる人物がいるためか彼女らがその人生を歩んでいくのに納得できた。
インタビューを読む限り筆者は監督のミルズとは思想信条なども全くかけはなれていると思われるが、本作のように素晴らしい作品であれば全く異なった価値観であっても腑に落ちる。
それも映画を観る醍醐味の1つである。

コメントする
曽羅密