「過った恋をして人は遠い目をする。」カフェ・ソサエティ 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
過った恋をして人は遠い目をする。
今年も来ましたウディ・アレンの新作。いったいいつまで現役なんだよ?と突っ込みながらも、毎年楽しみに待ち侘びていたりします。今年の主演はジェシー・アイゼンバーグ。「ローマでアモーレ」で既にアレン映画への出演経験はあるけれど、単独主演としては初。けれどもこのアイゼンバーグがまるでウディ・アレンの分身のように作品にハマる。タイプライターを指で弾くようなリズミカルなセリフ回しと小気味良いスピード感は、若き頃のウディ・アレンのセリフ回しを彷彿とさせるような。だけど決してアレンの物真似ではない感じ。アレンがこの映画の主演にアイゼンバーグを選んだ理由がよく分かるような気がした。
物語としては、過ちの恋、言ってしまえば不倫の恋の交錯が、アレン節で描かれているという感じなのだが、アレンにかかれば、不倫も軽妙なコメディで、不倫という言葉から連想するドロドロした感じやら背徳的な雰囲気とは違う小粋さと軽やかさ。かと言って、浮ついたような気配はなく、むしろこの映画が終わって心から「これは大人の映画だなぁ」としみじみ感じたほど。
映画は、不倫を責めるでも肯定するでも非難するでも美化するでもなく、ただふと遠い目をして幕を閉じる。この結末はやっぱり年輪を重ねた人でなければ書けないものだろうなぁと思う。私のような人間の考えだと、例えば主人公を罰するなり、あるいは逆転のハッピーエンドなり、そういう何かしらの決着やカタルシスをくっつけたくなってしまいそうだけれど、そういう決着をあえて付けずに、ただただ遠い目をするラストシーン。暗転した後で思わず「大人だなぁ」が漏れました。人は、過った恋をすると、泣き喚くでも怒り狂うでもなく、ただただ遠い目をするものなんだ。いやぁ、大人です。不倫にお洒落もへったくれもないはずだけど、やっぱりなんか洒落てました。さすがウディ・アレン。
ジェシー・アイゼンバーグもクリスティン・スチュワートもスティーヴ・カレルも、なんなら助演のパーカー・ポージーもちゃんと見せ場があってシーンをさらっているのに、なぜかブレイク・ライヴリーはそのネームバリューとスター性には見合わないほど影が薄く(もちろん圧倒的に美しかったけれど)、ゴージャスなドレスを二度着せるために出てきたみたいで、ファンとしてはちょっと物足りなかったな。