トッド・ソロンズの子犬物語 : 特集
この映画を撮ったヤツは“人でなし”! “イカれてる”! 絶対“変態”だ!
何とでも言え! でも、この猛毒ブラック・コメディは
映画ファンのあなたにこそ笑って欲しい!
「ハピネス(1998)」「ストーリーテリング」の鬼才監督、トッド・ソロンズの最新作「トッド・ソロンズの子犬物語」が1月14日から全国公開。ジュリー・デルピー、ダニー・デビート、エレン・バースティン出演で描く本作は、かわいらしいイヌが登場するも、ソロンズ監督らしい毒気が満載。ヘタに手を出すとひどい目に遭う、注目のブラック・コメディなのだ。
「帰ってきたヒトラー」「人生スイッチ」──“くさや”的映画の次なる《美味》
取扱注意! 本作を見る前に「覚悟しておくべき5つのこと」
ブラック・ユーモアや皮肉がたっぷり、ときには社会のタブーに触れたり、他人の悲劇を鼻で笑うような“黒い”作品群が、「気になって気になって仕方がない!」という人は、実は結構多いはず。現代にタイムスリップした独裁者ヒトラーが、モノマネ芸人として人々の心をつかむさまを描いた「帰ってきたヒトラー」や、あるきっかけで絶望的な不運に見舞われていく人々の姿を追った「人生スイッチ」など、過激なブラック・コメディの好評ぶりを見てもそれは明らかだ。強烈なニオイや味を放つのに、なぜか気になって仕方がない、クセになってやめられない。そんな“くさや”のような個性的すぎる作品に、新たな“美味”が登場。そう、それが「トッド・ソロンズの子犬物語」だ。
本作をどんなに面白い!と思っても、軽々しくTwitterやFacebookで拡散、シェアしてはいけない。「え? あなたってこんなに悪趣味なの?」と驚かれてしまうこと確実、フォロワー大幅減になりかねない。さらには友人を減らしてしまうことも!?
本編にはかわいいダックスフントが登場し、ポスターのデザインもイヌの姿がメイン。さらにタイトルが「子犬物語」だけに、イヌ好きの皆さんが反応しているのは事実だが、うかつに手を出すと大やけど必至。「ドッグLOVE映画」だなんて誰が言った?
「こんな映画が好きなの?」「趣味ワル~い」と、みんなは引いてしまうかも!? でも、映画ファンのあなたにだけは、この面白さを分かって欲しい。引いてしまう人がいても仕方がない、そんな“良識派”なんて気にしないで、大いに笑ってもらいたいのだ。
「恋人までの距離(ディスタンス)」のジュリー・デルピー、「ビッグ・フィッシュ」のダニー・デビート、オスカー女優のエレン・バースティン(「インターステラー」)と、出演者は名優ぞろいなのに、その使い方がとんでもない! でもそれを指摘するのは野暮。
くさややホヤやフナ寿司などなど、「こんなのよく食べられるね?」と言われても、美味しいんだからやめられない。個性が強烈すぎて広くウケないのはよく分かる、でもその個性がたまらないという映画ファンなら、思う存分味わうべし!
犬も歩けば「棒」じゃなくて「不幸」に当たる
かわいすぎる子犬が、超絶ビミョーな人に飼われるとこんなにも“ブラックに笑える!”
心優しくてかわいらしいダックスフントが、さまざまな飼い主たちと出合い、彼らと温かなドラマを育んでいく──のは、普通のイヌ映画。本作のイヌが出合うのは、結構困った状況にいる“ビミョー”な人間たち。イヌと一緒に、彼らの冴えない人生がさらに不幸に落ち込んでいくさまを見せつけられると……笑っていいのか分からないが、絶対にブラックに笑えてしまうのだ。
子犬が、生後まもなく引き取られていくのは、小児がんとの闘病から生還したレミの家。レミと子犬はすぐに仲良しになるが、サプライズとして子犬を連れてきた夫に対して、母のディナ(ジュリー・デルピー)は怒り心頭。子犬の避妊手術を悲観する息子に対して、レイプされる危険を淡々とグロテスクに語るディナって一体!?
レミのもとから子犬を受け継ぐことになるのが、獣医の助手ドーン(実は彼女は、ソロンズ監督作「ウェルカム・ドールハウス」に登場したキャラクターの成長した姿。演じるのはグレタ・ガーウィグ)。ひょんなことからドーンは、好きだった元クラスメイトで薬物中毒者のブランドン(キーラン・カルキン)と車で遠出することに。
成長した子犬が次に出合うのは、映画学校の講師デイブ(ダニー・デビート)。かつてハリウッドで1本当てた脚本家で、今も新作を書いてはエージェントに送る毎日だが、古くさい理論と熱意のない授業で生徒からの人望はなく、同僚からも総スカン。まったく冴えない彼はあることで大いに傷つけられ、ついに大事件を起こす!
デイブとも別れた子犬(今や成犬だが)が落ち着いた先は、末期がんの老婆ナナ(エレン・バースティン)のもと。イヌに「がん」を意味する「キャンサー」を名付けるなど偏屈極まりない彼女のところに、おバカな孫娘ゾーイと、彼女の謎のボーイフレンド、ファンタジーが訪ねてくる。サングラス姿の仏頂面で、ナナは話を聞くが……。
この映画を撮った男こそ──「変態」と書いて「とっど・そろんず」と読む!
悪趣味監督もハマった! だが、一度ハマったら戻ってこられないぞ!
見たくないもの、触れてほしくないタブーにズカズカと(でもクールで静かに)入り込み、人生のバカバカしさや人間の愚かさをブラック・ユーモアたっぷりに描いてきたのが、トッド・ソロンズ監督だ。映画のタイトルにわざわざ「トッド・ソロンズの」と入っているくらいなのに、今ひとつよく分かっていない人のためにも、良く言えば「アメリカ・インディペンデント映画界の革命児」、悪く言えば「変態映画監督」のソロンズ監督について記しておこう。
59年生まれのニュージャージー出身。イェール大学卒業後、ニューヨーク大学で映画制作を学んだという名門出身の才人だが、真面目で細やかな完璧主義がこだわりまくる方向性を見ると、その頭の中は常人には理解不能! 脚本から監督、プロデューサーまで務めた95年の「ウェルカム・ドールハウス」でデビューを果たし、サンダンス映画祭でグランプリを受賞。その名を一躍とどろかせた。その後の「ハピネス(1998)」(ゴールデングローブ賞脚本賞ノミネート)、「ストーリーテリング」「おわらない物語 アビバの場合」「ダークホース リア獣エイブの恋」はそれぞれ、ストーカー、人種差別、未成年の妊娠、中二病というテーマが登場し、人間の本質をイヤな感じで浮き彫りにするブラック・コメディばかり。見る人を選ぶけれど、気になってしまったらとことんハマってしまう作品を連発する鬼才監督なのだ。
今作「トッド・ソロンズの子犬物語」については、「ルーム」でアカデミー賞主演女優賞を獲得したブリー・ラーソンを起用して撮影までしておきながら、「作品のクオリティをアップするため」にすべての出演シーンをばっさりカット。おかげで「ピンク・フラミンゴ」「シリアル・ママ」ほか過激で下品な悪趣味カルト作で知られるジョン・ウォーターズ監督の「16年の映画ベスト10」にも選ばれているわけだから、ソロンズ監督はやっぱりやってくれる!と言わずにはいられない。またもやタブーに迫り、ダークでコミカルな描写で浮かび上がらせる人間模様に、ニヤリとさせられるのは間違いない。