劇場公開日 2017年9月16日

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笑う故郷 : 映画評論・批評

2017年9月5日更新

2017年9月16日より岩波ホールほかにてロードショー

驚きと恐怖の体験記か、痛快な復讐劇か。二度おいしいアイロニックなドラマ

映画の冒頭、主人公の作家ダニエル(オスカル・マルティネス)がノーベル文学賞の受賞スピーチをする場面から、皮肉のパンチが乱れ飛ぶ。「ノーベル賞の受賞は、私の作品が権威の意に添う内容だということ。作家としての衰退のしるしだ」と言って会場を凍り付かせるダニエル。ノーベル賞授賞式に出なかったボブ・ディランの本音を代弁したかのようなコメントだが、その後5年間小説から遠ざかるダニエルは、本当に「衰退した作家」になってしまう。

そんなダニエルが、名誉市民の称号を受けるために40年前に捨てた故郷のサラスへ帰る。サラスの人々にとって、ダニエルは町が生んだ最大のセレブ。同時に、我が町をネタにした小説で大金を稼ぎ、ノーベル賞までもらったのに何の見返りもよこさないゲス野郎でもあるのだ。当初ダニエルはセレブとして町へ迎えられるが、人々の興味は2日ともたず、評価はゲス野郎に近づいていく。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と詠んだ室生犀星は正しかった。錦を飾ったつもりの故郷で、ダニエルは、なぜ自分が故郷を捨てたのかを痛感させられる。皮肉だ。

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さらに皮肉な状況は続く。何を描いたかではなく誰が描いたかで賞の行方が決まる絵画コンクールの審査員を引き受けたダニエルは、「権威の意に添う」の本当の意味(忖度!)を思い知らされる。

 この映画がユニークなのは、そうしたダニエルと町民の双方の立場から、異なる楽しみ方ができる点だ。ダニエルの視点からは、閉鎖的な地域社会に舞い戻った芸術家が、しがらみや偽善を否定して自分の価値観を貫いた結果遭遇する驚きと恐怖の体験記として楽しめる。一方、町民の視点からは、地域社会に貢献するべきセレブなのに手土産ひとつ持ってこない世間知らずのゲス野郎に対する痛快な復讐劇として楽しめる。

そんな二度おいしいドラマの最後に待ち受けているのは、劇中でダニエルが披露する芸術論をダニエル自身がひっくり返すというアイロニーだ。スティーブン・キング原作のあの名作へのオマージュが感じられる幕切れに、ニヤニヤ笑いが止まらなかった。

矢崎由紀子

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