「文字を用いた地球外生命体との交信を描く異色作」メッセージ 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
文字を用いた地球外生命体との交信を描く異色作
ある日、突如宇宙からアメリカ、中国、ロシア、日本等、世界の12ヵ所に巨大な宇宙船が出現。言語学者のルイーズは、過去に軍で翻訳の仕事をした実績を買われ、物理学者のイアンらと共に、宇宙人が地球に来た目的を探る事になる。宇宙船に招かれたルイーズらは、地球外生命体“ヘプタボット”と交信し、彼らの使う文字を解読する作業が始まった。
監督は『ブレードランナー2049』『DUNE/砂の惑星』シリーズの鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴ。原作はテッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』。
原題は「来日、到着」を意味する“Arrival”だが、邦題の“メッセージ”は本作の本質を的確に表現した素晴らしいタイトルだったように思う。
また、日本ではヘプタボットの乗る宇宙船の形状が米菓子の“ばかうけ”のようだと話題になったが、見れば見るほど黒い“ばかうけ”にしか見えなくなってくるから面白い(笑)
侵略目的ではない宇宙人との遭遇、彼らの使う文字の解読、ヘプタボットの特徴的な7本足やヒトデのような手のひら、宙に描かれる墨を吐き出したような文字と、あらゆる面で独特な世界観が展開される。宇宙船の佇む野原の昼夜様々な景観、霧に包まれたような宇宙船内と画的な魅力も素晴らしく、静謐で美しいSF作品に仕上がっている。
ルイーズ役のエイミー・アダムスは流石の演技力で、パートナーとなるイアン役にはジェレミー・レナー、米陸軍大佐ウェバーにフォレスト・ウィテカーと脇を固める俳優陣も豪華。
脚本の構成による、終盤のどんでん返しが見事。
冒頭から展開される、ルイーズと幼い愛娘ハンナとの思い出。病院で赤ん坊のハンナを抱く様子や、成長し共に遊ぶ様子、小児癌を思わせる重病と抗生物質の副作用による頭髪の抜け。奮闘敵わず、幼くして愛する娘を失ったルイーズの悲しみは、過去の出来事にしか見えなかった。そこから間髪入れずに大学での講義に向かう姿は、“娘を失った悲しみを背負って仕事に励む女性”と勘違いさせるには十分な演出だった。「あなたの物語は、あの日から始まったと思っていた」というモノローグや、父親の姿や名前が登場しない様子に僅かばかりの違和感こそあれど、「余程、旦那さんとは上手くいかなかったんだな」と自然と解釈してしまっていた。
ヘプタボットとの交信を繰り返す中で、ルイーズ度々娘の夢を見る。それは、娘を失った辛い記憶のフラッシュバックで、娘と過ごした日々の中に彼らとのコミュニケーションの鍵を見出しているように映った。
ところが、彼らの目的を知らなければ、中国をはじめとした世界各国が宇宙船へ軍事攻撃を開始してしまうという瀬戸際で、宇宙船でヘプタボットのコステロに、ルイーズは「この子は誰?」という強烈なインパクトの台詞を放つ。「ルイーズは未来を見る」と告げるコステロによって、ルイーズが今まで見てきた娘との記憶全てが、未来視によるものであった事が判明する。そして、娘の父親となるのが、共に解読作業に当たっていたイアンだったのだ。だから父親の名前や素顔が明かされなかったのかと分かった瞬間の気持ち良さは抜群だった。彼が何気なく放った「独身のままだ」という台詞の意味も回収される。
ラストでイアンのプロポーズを受ける際、ルイーズは「この先の人生が見えたら、選択を変える?」と問う。それに対して、イアンは「自分の気持ちをもっと相手に伝える」と答える。
この回答が素晴らしい。恐らく、この台詞を受けたルイーズは、未来視したイアンと離婚する未来には辿り着かないのではないかと思う。ルイーズの未来視では、未来が見えるが故に、イアンを傷付け離れてしまった様子だった。しかし、「未来が見えるなら、ちゃんと相手に気持ちを伝える」と答えるイアンによって、ルイーズは未来が分かった上で、限られた時を大切にすると、彼と共に歩む決心をした。ならば、この瞬間に未来は僅かながらも確実に姿を変えるのではないかと思う。“イアンと結婚してハンナを産み、彼女を病気で失う”という未来は変わらない。しかし、その未来を満たしているのは、本来の未来よりも愛という“メッセージ”に溢れたものだろう。ハンナを失うその日も、ルイーズはイアンと共に悲しみ、さらにその先の人生も彼と共に歩んで行けるのではないかと思う。
この微妙に、しかし確実に姿を変えたであろう未来を予感させる美しいラストに胸が熱くなった。
また、本作は未知へ対する恐怖心から陰謀論に走ったり、過激な行動に出る人間の愚かしさも描かれており、それらを排して“繋がろう”というメッセージもある。ヘプタボットの言う「3000年後に人類の助けが必要になる」という未来がどんなものかは想像もつかないが、それまで人類という種が“繋がり”、存続し続けているよう祈りたいものだ。