「最小と最大、縦と横、歓喜と悲しみ」メッセージ ハルさんの映画レビュー(感想・評価)
最小と最大、縦と横、歓喜と悲しみ
原作は未読だが原作を知る人の指摘には「フェルマーの最小時間の原理(変分原理)」について触れられていない、というものがあるらしく、気になったので原理のことを調べてみるとそれは台詞としてのことで結局この作品の内容や演出はそのことについて語っていると言えると思うのだ。
時間を超越したかのような「同時的認識様式」を有するヘプタポッドたちが人類に救ってほしい「3,000年後に出くわす危機」とはなんだろう笑。というかそれもまた同時的であり、それを回避できる(できない?)とわかっているからこのコンタクトがなされているのだ。今作で重要なのはやはりルイーズの選択(というべきかどうか)であって、その理由は娘への愛情、絆ということだろう。娘を生み育てることの喜びと失う悲しみもまた同時的だとしたら人間の感情はどうなってしまうのか想像もつかないが、自分に置き換えて考えれば記憶の中では確かに時系列のことは次第に曖昧になるのか。このような思索が進んでいくのもSFの魅力であり、そうさせている今作の出来の良さゆえだろう。
また気になったのは「志村後ろー」のシーン。彼らは爆弾の存在にいつ気付いていたのか。あの「トントン」は「うしろー」の意味じゃなかったのか。まあここは掘り下げてもはっきりしそうにないのか。でも爆発直前で強制的に二人を助けるんだから、演出としてはいいが矛盾はあることになる。アボットが「犠牲にならなければいけない」理由は見当たらないから。それはルイーズの娘のことも同様だが、悲劇を避けるのではなく受け入れてあるがままに、というのが「同時的認識様式」のスタンスなのだろう。また今こうしてある世界や己の記憶がそうではないとも言い切れないのだが、ここはややこしい。
というようなことを初見では思ったのだけど、二回目の観賞ではコステロが爆発前に遠ざかる行動を見せ、アボットはとどまりあの数分のセッションにすべてを託すのだ。あのトントンはルイーズにヘプタポッドBを書かせる(最終的な伝授)ための促しだったが、他にやりようが‥というのはナシで。ただひとえにこのアボットの覚悟が3,000年後に繋がるのだと思えば素直に感動してしまった。
そしてあのばかうけ殻の中での重力の操作など冒頭から示されていたものがあのシーンに繋がっているのは上手いなと思った。
その重力操作について二回目にはっきりと確信したのは、こちらとあちらを分ける描写として「縦と横」があったということ。ルイーズたちの世界からばかうけ殻に入る段階で重力の方向が90度(270度)変換される。おそらくはばかうけ殻の窪んだ面に向かって重力が働いているであろうことは、ばかうけ殻がセッションを終えた後の転回で示されている。そしてルイーズが最後にばかうけ殻に迎えられる際に射出されたシャトルポッドの出入り口は入る際にはこの世界の慣例に沿って横方向に開いていたが、閉じる際には縦に切り替わった。こちらとあちらの境界をこうした「縦と横」の切り替えで貫いているのだ。
ヘプタポッドたちにとっては始めに出現した状態がすでに「友好」であり、あなたたちを受け入れますよと示していたということか。そして横だおし(そう表現するよりない)になった状態はその逆だろう。明らかにその方が威圧的であり、このばかうけ殻のデザインが真に優れている点ではないか。
ヘプタポッドが地球外生命体なのかという疑問もあるかと思うが原作ではどうなんだろう。あの去り方を見ると飛来してきたのではなくそこに「出現」して、そして「消失」していったと表現した方がよさそうだ。そして去り際にあのヘプタポッドBのようなはねを見せる。疑問符なのだろうか?
ややベタなのは中国の扱い方で、わからずやのいじめっ子が話すと実はいい奴みたいなテンプレはちょっと笑える。ここはハリウッドらしく、対立している大国であり巨大市場でもあるかの国を多少の配慮でもってイジっているということか。そもそも地球上ですら対話に困っている人類が、異なる文明と接触し意思を通じ合うことなどおこがましい。こういう皮肉もまた地球侵略ジャンルのテンプレではある。
つまるところこういう感想や解釈は作品の結末から推察されていくわけで、映画作家はあらゆる経路の中から最小(最大)時間の経路を描いていると言えなくもない。そのことは変分原理とも重なっているように感じられる。ただしこの作品は劇中のヘプタポッドBの造形と相似して円環構造のようにもなっているので光の直進性のことは脇に置いた方が良いかもしれない。
最後に。一回目の観賞の際に上映が始まってもスマホを気にして何かの通知のたびにLEDを光らせその都度画面を確認していた不思議な生き物がいた。しばらくしてあらためたようだったがクライマックスが過ぎたと見定めるとまた始めた。あの未確認生命体とはそれこそどのような対話ができるのだろう。
「あなたたちは、何故地球に来たのか?」