「使命」沈黙 サイレンス U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
使命
もしくは啓示。
まるで、そんなものでもあったのかと思うように鬼気迫るものがあった。
マーティンスコセッシが、この沈黙を撮ったのは必然なのではないだろうか?
正直、評論の外にあるようにも思う。
原作を読んではいないので、この作品が作者・遠藤周作の意図をどれほど反映してるのかは分からず…この映画の評論をするなら、まずそこから語らねばと思う程だ。
作者がキリスト教に心酔していたのか、それとも忌み嫌っていたのかでも作品意図は変わってくる。
「心の中は"主"にしか分からない」
この一文が、深く突き刺さる。
彼の亡骸と共に葬られた十字架…原作もその通りなのか確かめてみたいところだ。
作品のテーマは実に繊細で、そのおかげで戦争まで起こってしまう程の問題だ。
ただ、この原作をマーティンスコセッシが映像化するにあたり、監督は一つの明確な選択をしたかのように思う。
「人は惨めな生き物なのである。」
衣装も個性も、社会も。今も未来も。
人は、悩み、争い、貶め合い、殺しあう。
その連鎖から抜け出す唯一の方法として"宗教"が推奨されたりする。
だが人間はそれすらも争いの種にする、困った性質を持っている。
つまりはこの連鎖から抜け出す最善の方法は未だ発見されておらず、人類は全くもって救われないのである。
人は元来、産まれてから死ぬまで救済を常に必要とする愚かで惨めな生き物である。
そういう選択を映像化するにあたりしたように思う。
作品は、重厚な作りになってた。
文字である原作を出来る限り再現するというような熱意を感じた。
それにしても…日本の役者の存在感!
いや、存在の仕方とでもいうべきか…見事だ。勿論、そういう外観をメークなり衣装なりから与えられてはいるのだが、実に普通だった。まるで、その世界に生きていたかのようであった。
加瀬さんの気負いのなさ!
あれ普通の人だよ、全く他意なく生きてる人のそれだよ。
小松菜奈に妙な色気を出してる宣教師をぶっ飛ばそうかと思ったよ。
その中でも…片桐はいりさんの怪演たるや。
いや、怪演は失礼だな…きっと片桐さんはアレが通常運転なのだ。
俺は、笑ったのである。
あの作品の中で、唯一と言ってもいい。
明確に笑った。
アレを意図して採用したというのであれば、マーティンスコセッシの懐の深さに感動すら覚える。
確かナレーションが被ってたと思う。音のフォーカスもそこにはなかったし、台本に明記されてるような文脈でもなかった。本国では英語のテロップなんかは絶対つかないんじゃないかと思う。
つまりは、他にもあっただろう?と。
なぜアレを選んで残したのかと!
厳格な歴史の伝道者とも評価できる作品で!
…恐るべし、マーティンスコセッシ!!
また、あの現場でアレをぶち込んだ度胸の良さというか…信念というか…敬服する。
ブレない。
片桐さんの魂を見たような気がした。
そして、イッセー尾形さんのあの声。
どうにも真意が掴めない。
汲み取れない。
こいつはどっち側なんだ?
あの普段とは違う高い声…いや、そういう差も日本人なら感じるんだけど、そうじゃなくても腹から出してないと、そう印象付ける声。初めは違和感バリバリだったけど、物語への関わり方を追っていくうちに…いや、正直、観終わってコレを書いている最中に、あの声だったからこそ、あの明確でありながらアヤフヤな立ち位置でいられたのではないかと考えたりする。
なんと狡猾な…その役者としてのスタンスに戦慄する。この人の役作りは声にまで及ぶのかと…。
最早ここまでになると、役作りというよりは、観客へのアプローチとか、演出への挑戦とか…そんな域にまで踏み込んでるのかとさえ思う。何より、それを役者という足場から発信している事に戦慄する。
浅野さんは凄く英語が達者になってたなあ。
そして、この作品にはBGMの印象がない。
スタッフロールのバックには波の音が流れてた。
その波の…幾度となく繰り返す波の音に、この作品のテーマを感じたりもした。
観終わった後、下りのエスカレーターで「後世に残したい10本の映画の一本に入るな…」となんとなく考えてた。
そして、新宿ピカデリーのロビーでなんのキャンペーンかは知らないが「つっこみ如来」と名付けられてた像を見て、日本人の信仰はどこに向かったのかと笑いが込み上げてきた。
監督も突っ込まずにはおれんやろ…と。