「"あたりまえ"に感謝することを気付かせる震災派生ムービー」サバイバルファミリー Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
"あたりまえ"に感謝することを気付かせる震災派生ムービー
首都圏に住んでいる人にとっては、2011年の"計画停電"の記憶がよみがえるような映画だ。
直接被災とは違い、会社も学校も日常生活はそのままなのに、ライフラインの一部の消失でアンバランスが起きる漠然とした不安。ほんの6年前なのに、すでに記憶が薄れていることに愕然とさせられる。
本作は、原因不明の広域停電に巻き込まれる人々と家族の話だが、単なる停電ではなく、腕時計をはじめ、電気を動力(補助も含め)とする機械・サービスのすべてが停止すると、どうなるかという、シチュエーション・ムービーである。
「ウォーターボーイズ」(2001)、「スウィングガールズ」(2004)、「ハッピーフライト」(2008)など。いつもの矢口ワールドは実に単純で、"主人公のシロウト(未体験者・見習い)が初体験する様子をドタバタで描く。それを、観客が一緒になって疑似体験することで、妙な共感が発生して、ハッピーエンドで終わる"というもの。今回はマイナス体験に振ってきた。
当然、電灯や家電製品が使えない。ポンプの電力が止まるので、水道水や水洗トイレが使えない。ガスメーターも電力だし、近年はIHコンロが普及している。銀行も停止し、現金があってもスーパーやコンビニのレジも使えない。充電式のスマホやラジオがあったとしても、そもそも中継局や放送局が止まってしまうので、情報も滞る。
コミカルに進むので、ディザスタームービーと感じないかもしれないが、状況的にはパニック映画である。もちろん矢口ワールドなので、詳細なリアリティを求めるのはナンセンスである。
一方で、これは矢口監督解釈による震災派生ムービーである。
2011.3.11。東日本大震災をきっかけに、映画人たちは自身を通して見た"震災ムービー"を次々に世界に発信した。震災直後は、君塚良一監督「遺体 明日への十日間」(2013)や、中田秀夫監督「3.11後を生きる」(2013)などのドキュメンタリータッチの作品が多かったが、時間経過とともに様々な解釈と部分消化がなされ、震災を着想の原点にした"震災派生ムービー"があらわれた。
庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」(2016)は、"もし首都圏に怪獣があらわれたら"とするディザスタームービーで、新海誠監督の「君の名は。」は、"もし巨大隕石が町に落ちたら"をモチーフにしたジュブナイルだが、どちらも震災的な描写が重要なエッセンスとなっている、派生ムービーでもある。
あたりまえが、あたりまえでなくなること。本作は災害警告や防災が目的なのではなく、"電気のありがたみ"はもちろんのこと、人力、自然エネルギー、食物連鎖、アナログ、アウトドア生活など、"電気以外"への無関心を関心に変え、"あたりまえ"に感謝することを気付かせる。
(2017/2/11 /TOHOシネマズ日本橋/ビスタ)