「コミカルだけどシビアで、とても公正な佳作」幸せなひとりぼっち 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
コミカルだけどシビアで、とても公正な佳作
いきなり、割引の方法でクレームをつけるおじさんの姿に一瞬ひるむ気がするものの、物語が進めば進むほど、このおじさんが憎めないどころか愛おしくなってくる。店員に対するクレームには頂けない部分もあるものの、基本的には「筋の通らないこと」が嫌いなだけの男。ただの偏屈オヤジではない部分に安堵する。
物語は、亡くなった妻を追って自殺しようとする現在と、少年時代からの回想シーンの往復で成り立っている。この回想シーンが、決して偏屈に見える現在の主人公の言い訳ではなく、一人の男の人生の歴史として描かれているのにとても好感を持った。ともすれば嫌われてしまいそうな主人公から観客を引かせないための言い訳みたいな回想だったら、印象は違ったはず。一人の男が愛した父親の存在と最愛の妻の存在を浮かび上がらせ、それによって現在の主人公がいかに形成されたかがそっと縁取られるようなエピソードが積み重なっていく。
現在の物語は、ユーモアがあってとてもいい。自殺しようとする度に「他人」がこぞってそれを邪魔しにくる。その都度腹を立てて怒鳴り散らしたりするのだけれど、他人の介入によって少しずつ少しずつ救われていく様子が、時にコミカルでかつ繊細に描かれて、向かいに引っ越してきた家族の奥さんの「あなたって死ぬのが本当に下手ね?」と笑い飛ばすような明るさや、いい意味での厚かましさが否応なく主人公を変えていくことろなんか、見ていて清々しい気分。その様子には、ユーモアがあり、スパイスもあり、ウィットに富み、それでいてとてもフェアだと思った。
とても観後感がよくて、ついうっかり「ほっこりと心が温まる」なんて言葉を使いたくなってしまうくらいにやさしい気持ちで映画を見終えることが出来た。これは掘り出し物。身近な人に積極的に薦めたくなる作品だった。