「望外の喜びをもたらす映画」アスファルト よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
望外の喜びをもたらす映画
フランスの団地。かの国では「バンリュー」と、マイナスイメージを伴った言葉で呼ばれる都市郊外の集合住宅が物語の舞台。
殺風景で荒み切った背景ばかりの映画である。そこに登場する人々の生活もまた生彩を欠いている。
だが、彼らの生活に暖かさや彩りが生まれる瞬間を、画面の色彩設計ではっきりと映像にしている。
例えば登場人物の衣服の色を背景の補色を選択したり、バレリア・ブルーニ・テデスキ演じる看護師がピンクのカーディガンを脱ぐと素敵なワンピースを着ていたりという、色彩の演出が、単調な背景に倦むことから観客を遠ざける。
宇宙飛行士とアラブ系女性、人生下り坂の女優と少年、エレベーターをこそこそと利用する車いすの男と看護師。彼らのそれぞれのエピソードがブラック・ユーモアを少しずつ重ねていく。決してその人物たちに感情移入をしようとはしない前半は、むしろ彼らを皮肉たっぷりに冷たく見つめている。
意地悪な視線に変化が起きるのは、各々が相手の為に何かをするところからである。宇宙飛行士が、台所の水漏れを修理しようとする。少年が、演出家に見せるための女優の演技をビデオに撮る。車いすの男が、看護師に見せて欲しいと頼まれた世界中の写真を、自宅の窓から見える空とTVの中の風景をポラロイドで撮影する。
その全ての試みは実を結ぶことがなかったり、当事者以外には意味のない行為だったりする。特に、車いすの「偽写真家」がフィルムの入っていないオモチャみたいな古いカメラで、看護師に向かってシャッターを切り続けるシーンは虚しさの極みである。
ところが、彼らの空しい試みを見るときに観客はこの映画との幸福な出会いをもっとも強く感じる。小ばかにしていたはずの存在の中に愛おしさを感じる、その自らの視線の変化に戸惑う喜びを。