追憶のレビュー・感想・評価
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やっぱりの小栗旬の位置。
大切な人が一人亡くなったことで、再会、かつての絆を取り戻すという、皮肉。
真犯人にはびっくりしたと同時に、なーんだ、と拍子抜けした感じ。そうだよね、あんなどうでもいい役に太賀使わないよね。
事件に関わっているようでそうではなく、大切な人の子供を妻にし、大切な場所を購入し、家庭を築く。相変わらずの小栗旬の立ち位置に萎える。
3人の孤児を個人的に一人の女が面倒を見るという非現実さも然り。
安藤サクラと柄本佑の夫婦のワンシーンは何だかにやけてしまった。
罪は一度犯せば消えることはない
気になっていた作品で、映画館へ観に行きたかったのですが予定が色々重なってしまい、レンタルで。
25年前、「ゆきわりそう」という喫茶店で店主の仁科涼子(安藤サクラさん)が、子供達をヤクザ(渋川清彦さん)から守るため、殺人という許されざる行為を犯してしまいます。それ以降、篤と啓太、悟は赤の他人として生きていくことに。
時は過ぎて3人は大人になり、篤(岡田准一さん)は刑事に、啓太(小栗旬さん)は土木会社の社長に、悟(柄本佑さん)は硝子を張り替えたりする会社の社長になり別々の道を歩んでいましたが、ひょんなことから3人は刑事・被疑者・被害者の間柄で再会してしまいます。(←自分だったらこんな再会は辛いですが…。)
真犯人は意外な人物なので、ここでは伏せますが、様々な登場人物の心情が複雑に絡み合う重厚なサスペンス映画ですが、サスペンスというよりヒューマンドラマという印象を受けました。
山ちゃんこと山形光男(吉岡秀隆さん)が言っていた「篤くんはそれでいい。大切なことだけ覚えていれば。」という台詞が心に刺さりました。
罪は、一度犯せば消えることはない。自分で忘れようとしていても片隅に残っているものだということを教えてくれました。脇を固めるのは、長澤まさみさん、木村文乃さん、三浦貴大さん、高橋努さん、銀魂にも出ていた安田顕さん、西田尚美さんなど豪華キャストが繰り広げる演技合戦もおすすめの部分です。
なんと言っても日本映画のレジェンド2人が紡ぐ、切なくも美しい雰囲気と富山の景色がマッチしていてザ・映画という作品を大晦日に鑑賞することが出来て良かったです‼
※長々とレビュー、失礼しました。
キャラが無理矢理動かされている
25年前、大事な居場所を守るためヤクザを殺害した3人の少年はそれぞれその過去を背負い別々の道を歩んでいた…。
岡田准一主演作。主人公たちが背負う過去の設定が重みを感じさせ面白いのだが現代の事件がその過去を探る物語にするために無理矢理起こされたようにしか思えず残念。
ミステリと思ってみたのが間違い
つまらなかった。
場面転換で、ゆっくり暗くなって次の場面になるのだけど、その都度集中力が切れてワクワク出来なかった。
そもそもミステリだと思って観たのが間違いで、犯人も急に分かるし、突然終わってしまう。
監督の伝えたかったのは、そんな派手なところではなくて、罪を犯した人の再生とか、生き方だったように思う。
安藤さくらだけが年を取ってなくて、その人の娘と言われても一瞬意味が分からなかった。
正直、結局この映画は何だったのか、終わってエンドロールが流れ出して「え?」と思った。
小栗旬は主演の人であって、脇だと演技がいつも一緒で僕的には苦手だった。
殺され甲斐がないのでは
ネタバレすみません。
木村大作さんの映像美すばらしかったです。
でも一点、どうしても納得できないことが。
どうして被害者は殺されなければならなかったのでしょうか?
そこが全く描かれておりません。
25年前の殺人は執拗に描かれるのに。
その後25年生きて、なんで彼はこんなにあっさりと殺されなければならなかったのでしょうか?
そこが全く納得いきません。
保険金殺人?
は?
なにそれ??
殺され甲斐がねえええええ。
重要な人物の一人が全く納得いかない殺され方で殺される映画。
殺され甲斐がない。
登場人物が大切にされていない。
恨んでも恨みきれませんね。
感動よりも恨みが残る映画でした。
残念。
(夕陽を見ながら)今日も無事に終わりました。
映画「追憶」(降旗康男監督)から。
元旦の朝陽(初日の出)に手を合わせる人は多いけれど、
大みそかの夕陽に手を合わせる人は少ない、
そんなことが書かれていた本を、数年前に読んでから、
私は年に一度、大晦日の夕陽に手を合わせている。
その年に亡くなった人を一人ずつ思い出しながら感謝し、
夕陽に向かって「今年も無事に終わろうとしています、
ありがどうございました」と手を合わせる。
それを毎日実践している人を映画の中ででみつけた。
それが、この作品であると言ってもいい。
作品中にメモした多くの台詞の中、
(夕陽を見ながら)「今日も無事に終わりました。
ありがどうございました」と手を合わせる女性が心に残った。
それはまさしく、この作品を支えている考え方だな、と思う。
一日一日、なにごともなく無事に終わることの有り難さは、
歳を重ねて来た私には、とてもよく伝わってきた。
私もこれからは、年に一度と決めないで、できる限り、
今まさに沈もうとしている夕陽に向かい手を合わせ、
「今日も無事に終わりました。ありがどうございました」と
実践してみたいと思う。
お天道様に、1日の報告と感謝するって、素敵なことだから。
高倉健さんで見たかった映画
ストーリーとしては、日本の古き良き映画の系譜を踏んだ良い作品だと思う。
しかし、やはり、役者の演技力不足は否めないのではないか?
岡田准一くんは、他の作品では本当にいい演技をするのにこの映画では、ただ何かを背負っているだけ。
小栗旬は、最後までただの小栗旬だし、木村文乃は、演技になっていない。TVドラマならいいが、映画は無理。
演技として見れたのは、柄本さんと安藤作サクラさんだけ。
演出の問題というより、違う役者で見たかった。
改めて、高倉健さんの唯一無二の存在感を実感。
残念な邦画のお手本
ここ最近ヒット作をバンバン出してる東宝さんが気合いを入れて作った風だったのと豪華な出演者(特に岡田准一さんと小栗旬さん)にそそのかされて観に行ったのですが、いや〜やられました。久々に、日本映画の上手くないヤツ観ちゃったな〜という感じでした。お話自体は悪くないし、演技の達者な方ばかりなので、脚本がちゃんとしてればこんな事にはならないハズなのに!よくある電話越しに相手の言葉復唱するシーンとかさ、あ痛たたた…というセリフ回しに、なんかもう体がむず痒くなるというか、最後の方は若干笑えてくるくらい。CGもチープだし。近くで観てたお爺さんも、おそらく同じツッコミポイントを感じいたらしく、最後まで観ないで帰っていきましたね。本作を残念な邦画のお手本として、これからも東宝さんには頑張って頂きたいと思います。
消えない罪悪感と秘密、そして親の害
「お前は忘れろ」「忘れていいんだよ」
と、周囲のヒト達から口々に言われる主人公。
「お前に責任はない」という許しの言葉でもあるし、
「前を向いて歩け」という思いやりの言葉でもある。
でも、主人公にとっては、「お前には関係ない」という、
強い疎外感を与えられると同時に、償いの機会を奪う言葉でもある。
消えない罪悪感と秘密を背負ったまま歩む人生は、
砂上の楼閣に住むような刹那的な、
安心して他人を立ち入らせるコトが出来ないような、
そんなふうなモノになるのだろうか。
主人公は、妻とは別居。
親身になってくれる上司にも打ち解けられない。
終始一貫、険しい顔をしている。
偶然再会した幼友達に対しても、最初は避けようとする。
で、その幼友達が殺されて・・・
今度は打って変わって、容疑者でもある別の幼友達に関わろうとする。
まるで、償いができるチャンスだとばかりに。
自らの刑事と言う立場も顧みず。
そして、最終的には、いちばん許してほしいヒトに許され、
その胸に顔をうずめるとき、その顔はそれまでとは対照的に穏やかだ。
この映画は、富山の美しい自然を映しているが、
色彩は良く言えば穏やか、悪く言えば地味。
最近の派手で精巧なCGを多用する映画に慣れていると、
色味の乏しい、暗い、代わりに、粒子がクッキリと明瞭過ぎて、
ザラリとした画質であるかのような、映像に思えてしまう。
しかし、2人だけ、鮮明な「色」をまとうキーマンがいる。
忘れないコトでヒトを守っている人物と、
事故で記憶を失ってもなお覚えているコトでヒトを許す人物。
前者は、鮮やかなオレンジの上着の容疑者でもある幼友達。
後者は、鮮やかなブルーのショールの女性。
女性はかつて、主人公達の罪をかぶり、殺人犯として投獄された。
まるで、この2人との再会が、主人公を色彩のある世界に連れ戻す、
その象徴の、夕日の色と海の色のよう。
岡田准一の好演も手伝って、たいへん感動的なクライマックス。
ただ、チョットだけ惜しい。
それは、幼友達が幼友達を強請ったのではないか、
強請られた幼友達が幼友達を殺したのではないか。
こう疑った自分に対する自責の念が全く描かれていない。
刑事の習い性だからでスルー出来なくはないけど、
描かれていたらもっと、作品としての厚みが増したかな、と思う。
また、映画の本筋とはあまり関係ないのですが。
子供を捨てる親、について。
オトコが出来ると、まだ子供の主人公を置いて、
家を出て行ってしまっていた母親。
お金が無くなると、主人公に無心する母親。
主人公はその母親と縁を切っていない。
無心されれば、お金を渡している。
嫌味を言いながらも。
まったく虫のいい母親だ。
オマケに、オトコと逃げた頃の若さも美しさも、
もはや無い。
依存の対象がオトコから子供に移行しただけ。
そのだらしなさは老醜と言っても良いと思う。
主人公にとっては、忘れろと言われた秘密と同じく、
心と人生の枷・重荷。
しかも、死ぬ気もないのに薬を飲んで自殺未遂。
そして謝る、ごめんね~、ごめんね~、と。
謝って許してもらおうとする。
己が捨てた息子には頼るまい、という気概は全くない。
謝るのも、ひたすら自分の心の平安のため、
息子への依存を続けるため。
だから、謝りつつも迷惑を掛け続ける。
ああ、それなのに。
そんなコトは十分分かっているはずなのに。
主人公は許してしまうのだ。
親からの愛情に飢えていたぶん、親から離れられないのだ。
こんな親でも。
ところで、最近、「赤ちゃんポスト」に預けられた子供達の、
実の親を知る権利をどうするか、
というコトが議論になっているらしい。
産んでくれたヒトに会いたい、という気持ちは理解できるけど。
例えば、感動の再会を果たしたとしても。
実の親が、子育ての苦労はせずして、果実だけ摘み取ろう、
というタイプの人間ではない、という保証はドコにもない。
子供達はまだ若いから、自分達が中年以降になったとき、
老親がいないコトが、ある種の幸せかもしれない、
とは考えが及ばない。
もし、捨てた親と捨てられた子供をつなぐとしたら、
実の親がいなくても、ちゃんと育ってきた子供達を、
「親の害」から守る仕組みが必要だと思う。
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