「地球人のやましさ」美しい星 パッチワークすさんの映画レビュー(感想・評価)
地球人のやましさ
原作初見が高校生の頃である。昔から訳のわからないことをこねくり回す、善とか意志とか答えのないものを問答するような思弁的な小説(「ハーモニー」「なぞの転校生」)が好きであった。太陽系の宇宙人たちと白鳥座系の宇宙人たちとの哲学的な問答が好きでよく読んでいた。三島由紀夫自身、そうしたUFOを呼び出す一団と共にあった時期もあったし、江戸川乱歩とコックリさんを真剣に興じる側面もあったのである。未だに私にとってこの作家は幾多の解説本や思想本が、或いは何処ぞの幸福さまの守護霊インタビューを読んでも、一向私にはその後の自決を解きほぐせないのである。謎である。
さて、それ故に映画化と聞いた時に眉をひそめたのも事実で、リリーフランキーが主演と聞いた時も「おいおいまさか」と思ったのも事実だ。ココリコミラクルタイプやおでんくんや東京タワーの男が、である。怪人物である。そして火星人である。
いったい彼は本当に火星人なのか。そして娘が金星人、息子が水星人、たいする人類は滅ぶべきであるとする佐々木蔵之介演じる宇宙人……これらが本物であるのかどうか、或いは精神世界の産物にしか過ぎないのか、最後まで曖昧だ。それを証明するものが何一つとしてないのである
しかし何よりもあの生かすべきか滅ぼすべきかの問答を換骨奪胎したシーンがあるだけでも、私は興奮を隠さずにはいられなかった。「人間は人間を自然の中に含まない」とか「美しい自然に人間は存在しない」とか言う商業映画は果たして残っているだろうか。あの長い問答、生かすべきか滅ぼすべきかを討議する(しかし生かす側も滅ぼす側も人類を愛しているのである)山場が出来たのである。それは商業映画としてはしてはいけなかったかもしれないし、りんたろう監督のメトロポリスの時も万人には好かれないだろうと思った次第である。だが、是非ともやらねばならぬ。
火星人の訴えは狂気に映る。私だって「太陽系連合からの」なぞと言われたら眉をひそめるだろう。或いは佐々木蔵之介の宇宙人だって、面と向かったら脅威に思うだろう。しかし、我々はこの手の狂気、眼前の人類が滅びるべき事実と言うものに、いささか馴れているとも言えなくもない。私達は核戦争がなくても異常気象がなくとも滅びるだろう。緩慢に死ぬだろう。
携帯で検索してみればいい。幾らでも人類を滅ぼしたがっている者が世の中にはたくさんいる。その点では我々はみんな宇宙人である。何処か自分が地球人の一員であることに疚しさを覚えないではいられないのだ。