「「民族の祭典(オリンピア第一部)」がどんな経緯で成立し得たのか、ますます分からなくなり…」栄光のランナー 1936ベルリン KENZO一級建築士事務所さんの映画レビュー(感想・評価)
「民族の祭典(オリンピア第一部)」がどんな経緯で成立し得たのか、ますます分からなくなり…
日本公開当時、キネマ旬報では
ほとんど評価されなかった作品でもあるし、
ジェシー・オーエンスのことも
ほとんど知らなかったので
観る予定にはしていなかった。
しかし、NHKの1936年オリンピック
関連ドキュメントを見ていたら、
走り幅跳びで彼に敗れたものの
ヒトラーの前で、
互いを讃え合うルッツ・ロングという
ドイツ人選手がいたことを知り、
彼がどう描かれているのかとの点にも
注目して初鑑賞した。
それにしても、とにかく全編、
反人種差別的視点で描かれた作品だった。
米国内での黒人差別、
ドイツでのユダヤ人差別、
そして、差別される同士の結束の主張から
オリンピック出場をボイコットすべきとする
全米黒人地位向上協会の存在も描かれた。
しかし、
前半のオーエンストの恋愛模様の冗長さや、
例えば、オーエンスが
オリンピック出場を決断する経緯、
また、オーエンスと寄宿舎で語り合った
ロングのヒトラー批判、
更には、リーフェンシュタールが命令に
反して200mの撮影に入るエピソード等々は
いかにも作為的に感じ、
そんなシーンの多さは勇み足的にも感じ、
更には、何ヶ所かの編集のぎこちなさが
気になる作品だった。
御承知のように、ヒトラーは
ゲルマン民族以外は劣等民族として
嫌悪していたとのことなので、
ジェシー・オーエンスの活躍は、彼の
神経をかなり刺激していたはずなのだが、
分からないのは、当時、
この大会の記録映画
「民族の祭典(オリンピア第一部)」を
監督したレニ・リーフェンシュタールが、
ジェシー・オーエンスの活躍を
詳しく映像に残して作品を完成させていた
と、ナチスと映画について書かれた書籍に
記載があったことだった。
ヒトラーやゲッペルス(あまりにも
似ていないので違和感ばかりだった)に、
対外的にナチス色を薄めるべく等の
国際戦略的政治判断が働いたものなのか、
リーペンシュタールがそんな映像を残せた
経緯がますます分からなくなった。
因みに、ルッツ・ロングは、
ヒトラーの逆鱗に触れて、
その後にイタリアの激戦地に送られて
戦死したとのスーパーが流れたが、
こちらの真相はどうだったのだろうか。
ただ、
祝賀会会場へ正面玄関から入れなかった
オーエンスに白人の子供がサインを求めた
ラストシーンは、
この反人種差別的テーマ作品としての
希望のエピソードとして
上手い締めに感じた。