「イーストウッド監督作に外れなし」ハドソン川の奇跡 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
イーストウッド監督作に外れなし
クリント・イーストウッド監督の映画は,一切駄作がないというのが魅力だが,「ミリオンダラー・ベイビー」や「グラン・トリノ」などに代表されるように,観た後に鉛を飲まされたかのように重いものを引きずらされることが多い。だが,この映画は違った。この映画を観た後で引きずるのは,人間としての誇らしさである。それが実に気分が良い。アメコミの実写化ばかりのここ最近のハリウッド映画の中にあって,映画の本当の面白さを誇りを持って作り上げた 86 歳の監督のプライドを感じた。
事実を元にした映画であるため,脚色を極力排していて,これはドキュメンタリーを撮ったのだろうかと,最初は戸惑ったほどである。ハリウッド映画で最大のタブーとされているのは観客の集中力を切らしてしまうことで,これを避けるために,普通は 15 分ごとくらいに見せ場を置くのが定石なのだが,事実でない話を盛ることができない以上,時系列の説明の順序を変えるくらいしか演出上の工夫は許されない。100 分未満という上映時間は,最近の映画の中では短い方であるが,終盤以外はかなり刺激に乏しい。しかし,それを補って余りあるほど,終盤の感動の大きさは特筆すべきものであった。
原題は “Sully” で,これは機長のファーストネームである。この原題の通り,この映画の目的は飛行機事故の再現ではなく,機長の苦悩と闘争が一人称で貫かれている。このアメリカ式の題名は,我が国では馴染みがないため,「ハドソン川の奇跡」という邦題になったのだろうが,原題の方が遥かに映画の内容をしっかり表しているというべきだろう。
イーストウッド監督作に駄作がないのと同様,トム・ハンクスの出演作にも駄作がないというのが私の経験則である。ハンクスがこの作品に出演したのは,「アポロ13」と同じように,この話がアメリカ人の誇りだからではないだろうかという気がした。60 歳のハンクスに加えて,他の俳優も実力派揃いで,特に副操縦士役の俳優の好演が光っていた。
音楽も,極力排除されていて,非常に限られた使い方がされていたのが印象的であったが,その僅かな音楽が非常に光っていた。クレジットを見ても聞いたことのない作曲家で,世の中には実力のある人がいるものだと痛感させられた。
演出は,流石にイーストウッドだと思わせるリアル追求路線で,乗客は全員助かると知っているのに事故機の場面では手に汗を握るほどであった。ただ,私的には一つだけ不満があった。それは,1/15 という極寒の季節に,水温が 2 ℃ しかないという状況がいまいち伝わって来なかったのである。私は人一倍寒がりなので,寒い場面には厳しい。水温 2 ℃ などという川水に入ってしまったら,歯の根が合わなくなるほどアゴが震えてしまうはずなのだが,そういう場面がなかったのである。それだけが実に残念であった。エンドタイトルで実際の乗客や搭乗員が出て来るというのもベタな手法であるが,素直に感動した。
(映像5+脚本3+役者5+音楽4+演出4)×4= 84 点。