「伝記映画の堅苦しさを、主演男優の軽妙な演技が跳ね飛ばす。」トランボ ハリウッドに最も嫌われた男 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
伝記映画の堅苦しさを、主演男優の軽妙な演技が跳ね飛ばす。
今では「ローマの休日」と「アカ狩り」の関連は、ある程度の映画好きなら知られたエピソードだと思う。ダルトン・トランボは「ローマの休日」の真の脚本家であり、共産党員であるというだけで謂れのない迫害を受けてきた男だ。「ローマの休日」から数えてもう半世紀以上の月日が経つ。もう一度、過去の人間の過ちを見つめ直してもいい頃だ。
オープニングでは一気に高揚感が湧く。ビッグバンドジャズのサウンドに乗せて、小気味良くタイプライターを叩く指先が映し出され、伝記映画の堅苦しさを跳ね飛ばす。幸先のいいオープニングだ。そしてこの、ジャズとタイプライターという組み合わせは、本編に入ってからもトランボの「筆がノッている時」の象徴として度々登場する。これがたまらない。全編に亘ってこのノリがもっと活かされても良かったと思うほどだ。
映画としては大きく分けで二本の柱がある。一本は、俗にいう「アカ狩り」の影響で立場を失い職を失い居場所を失くしていく不条理さ。そしてもう一本が、偽名を使いながらハリウッド映画界をサバイブし、前述の「ローマの休日」のほか「黒い牡牛」や「スパルタカス」などの後世に残る名作の製作裏話のような側面としての楽しみだ。その二本の柱どちらかに偏ることなく、双方がバランスよく描かれており、社会派ドラマとしても、また映画マニアが思わずニヤリとする内幕ものとしても、どちらも最後まで興味を保たせているところがなかなか上手いと思う。「アカ狩り」ばかりが語られ過ぎても主張がうるさくなるし、かといって名作秘話みたいな話ばかりが続いてもつまらなかったはずだ。
しかし何にせよ、主演のブライアン・クランストンの演技がとにかく巧い!オープニングのジャズとタイプライターの小気味良さ以上に、クランストンの演技が軽妙かつユニーク。彼のステップを踏むような粋な演技が、物語が持つ重苦しさを飄々と跳ね返していく。思わず「のらりくらり」なんて言葉を思い出してしまった。実際のトランボの人生を思えば「のらりくらり」だけで乗り切れたはずがないが、クランストンはトランボに軽やかさを見出し、その生き様をジャズのアドリブ演奏のように自由かつ大胆に演じ、見事に決まった。ジャズのアドリブ演奏は大変な技術と知識と感性がなければ成り立たない。一見「のらりくらり」でも、その奥にあるトランボの才能と苦悩と知性と行動力を、クランストンは決して見落とさない。実にニクい。
トランボには、「名前」という看板を外してなお、二度もオスカーを受賞するだけの才能があった。だからこそ逆転のチャンスを勝ち取ったが、実際には、逆転できるほどの才能を持たずに自ら命を絶つほど追い込まれた人も少なからずいた。我々は、つい自分と違うものを排除・攻撃しがちだが、それが本当に正義なのか、きちんと顧みなければならないと、再度自分を戒める。ナチスにせよアカ狩りにせよ、もっと身近な問題でも「己と異なる他者」への攻撃というのは、人間が幾度も繰り返してきた愚かな過ちの一つだと思う。われわれは半世紀前の事実を決して無碍にしてはならないし、そういうメッセージを少しも説教臭くならずに映画として表現できたこの作品が私は大好きだ。