「凪ぎの海に投げ込まれた石」さざなみ 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
凪ぎの海に投げ込まれた石
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結婚45年の記念パーティーを控えた夫婦がそこにいる。イギリスの片田舎で穏やかに暮らしているのが、犬の散歩と朝食の光景だけで分かる。そんな凪ぎの海に投げ込まれた小さくて重い石。それは、夫がかつて愛した女の死の報せだ。
遠い昔の事。45年の歴史がここに確かに横たわっている。それなのに、その石は凪ぎの海に波紋を広げ、漣を作り、心にうねりを生み出してしまう。
パーティーの日までのわずか6日間で、まるで45年間が試されるような時間が流れる。ドラマティックな演出を避けた静謐なドラマの中で荒ぶる感情をシャーロット・ランプリングが体現して見せる。
そう。この映画が描くのは、過去の恋人の死の報せから、結婚45周年記念パーティーまでの6日間に限られる。思い出が語られても回想を挟むことはないし、問題の女カティは、夫の口から語られるのみで、姿を見せることはないと言って良い。しかしながら、その存在感で妻の心を乱してしまう切なさとやりきれなさ。過去の亡霊に対し、許容・拒絶・肯定・否定・・・そんな繰り返しの中で、妻は6日間を過ごす。映画はランプリングの複雑な感情表現を、ひとつひとつスクリーンに突き刺すように映し出していく。
昔の事だからと、無邪気なまでに多くを語りすぎる夫と、知りたくないのに知らずにいられない妻。夫婦を演じたランプリングとコートネイの二人芝居と言っても良い物語で二人の心の対決と寄り添いに、まさしく「夫婦」の姿を見る。
そして迎えるラストシーンでのランプリングの表情の変化には心が軋むようだ。パーティーで無邪気に踊る夫の手を振りほどいた後で、ランプリングの手は、もう一度愛する人の手を取れるのか、静かに考えた。
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