「人生を許すこと」海よりもまだ深く sさんの映画レビュー(感想・評価)
人生を許すこと
公開してすぐ観に行きましたが、まだ映画の中です。
折に触れ、映画のシーンや台詞を思い出します。
このままこの中で暮らしていきたい。
個人的に心に抱えていた漠然とした問題を解放してもらえたような、
救済された気がします。
何かメッセージや目的があるものではなく、ただ人生そのものと人の感情の描写であり、誰のせいというような価値判断や裁きもない。
ただ愛情ある眼差しでみつめるだけ。
ギャンブラーで、「勝負しなきゃあ」という台詞を体現してきた主人公。
恐らくずっと不安や悲しみを耐えてきて、決断したのであろう元奥さん。
対照的に、苦労を耐え抜いて夫と添い遂げたお母さん。
そんな祖母を尊敬し、お父さんもお母さんもどっちも愛していて、両親の復縁を願う息子。
じゃあ主人公が悪いのか?といえば、彼もまたお父さんを愛していて、その生き方をなぞることで父親を肯定しているだけなのだ。
どこをとってもその気持ちが切ないほどよくわかる。
小説で賞をもらい、美人の奥さんと子供にも恵まれた幸福な時間があったはずで、
その時を忘れられず執着してしまう男の人と、先へ進む女の人の強さ。
探偵事務所の女の子の、女性は上書き保存ではなく塗り重ねていくようなもので当然下には残っているという言葉が、後の勇気に繋がる。
負けて全てを失っても勝負をし続ける人生が、男の人にとってのほんとうに幸せな人生なのかなあ。幸せでなくとも、そう生きるべきとインプットされているのかも。
昨今なかなか女性に理解されなくなってきて肩身の狭い、男性のどうしようもない性に対する諦念や許しに満ちた眼差し。
あらゆるものをはぎ取った、生の男性の感情そのものが映っている。
・・と書いたらキリがなく、台詞も挙げればキリがないけど、
一つだけ「男の人って賞味期限気にしますよね」は天才だと。
松尾スズキがインタビューで「心の中に女がいる」と宣っていたけど、そういうことなんだろう。
あと、「昭和あるある」が楽しかった。老人は出られないのではなく、あえてその時代から出ないでいるのかも知れませんね。
それぞれのキャラクターへの理解を深めるような細々した”伏線”が流れるように回収されてゆくのも楽しかったです。
主人公はこれからどういう人生を送ることになるのか。
幸せになって欲しい。いや、幸せな出来事を積み重ねてほしい。
阿部ちゃんや樹木希林はいわずもがな、真木よう子も池松くんも小林聡美も、子役の男の子も、皆が優しくて、素晴らしい存在感でした。
こんな監督と同時代を生きられて本当に幸せです。
人生の一本になりました。